オウム世代終末の映画だったかも
『KAMIKAZE TAXI インターナショナルバージョン』(1995年|日本|135分)監督:原田眞人 出演:役所広司、高橋和也、片岡礼子
公開直後ビデオで見たと思うのだが、当時は日本の映画で一番だと思っていた。今見るとそうでもなかったのは、「インターナショナルバージョン」だったからか?「洗脳セミナー」ごっこのシーンがカットされているのである。オウム真理教事件が起きる前のことで「セミナーブーム」があの頃確かにあったのだ。今でも自己セミナー系のぼったくりビジネスが随分とあるが、その走りはアメリカの心理学を学ぶという自己改革セミナーだと思う。友達もそれに入った人がいた。随分議論を重ねたけどまったく聞く耳を持たなかった。新興宗教が流行っていくのはそんな時代だったのだ。
片岡礼子嬢が若い。今でもインディーズ系で脇を固める感じで度々姿を見るが、彼等が器用するのは、この頃の女神的姿なんだろうな。以前はそれほど片岡礼子には注目していたわけではないが。
何と言ってもミッキーカーチスのヤクザの親分役だった。面白い。今見ると死ぬときにそんなだらだらしゃべったりするのはファンタジーだろうと思うのだが、死ぬ間際の会話が面白くて感動してしまうというのがこの映画だった。ミッキー・カーチスがサックス吹くシーンもいいんだ。そこがブルースという感じなのかな。一昔前のジャズライブという感じか。
そしてCharles Mcpherson『Beautiful』である。ジャズ喫茶でバイトしていてもこのアルバムをリクエストする客はいなかった。でもなかなかのジャズでこの辺の好みが渋いヤクザだった。
ちょうど時代的にはサッカーブームがあったことで、主役の高橋和也がチンピラのダチと夜間のグランドで部活でサッカーやっていた頃を振り返るシーンがあるのだが、そこが泣けたんだよな。
でも今回はそれほどでもなかったのは、やっぱ背中を撃たれたのに喋りすぎだろうというリアリティの問題だった。今はシジマールがJリーグで活躍していたというリアリティの方が大きくなってしまった。
過去のイメージの増幅というか改変が行われていたのだった。あの頃見た青春時代の終わりと映画が重なっていた。そして時代のターニングポインだったと思う。そこに今の時代の問題点もはっきり見えるような気がする。