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2023年の短歌を振り返る

『短歌研究 2023年 12月号』

【拡大特集「百年の視点」「十年の視点」「一年の視点」】
第1部 ◇一年の視点◇
     ‘23総合誌作品展望
     真中朋久/江戸 雪/小野田 光/後藤由紀恵/本田一弘/尾﨑朗子
     ‘23歌集歌書展望
     ユキノ進/長谷川と茂古/林 和清/駒田晶子
第2部 ◇百年の視点◇
     佐佐木幸綱・三枝昻之対談・百年の視点で見る「現代短歌史」
第3部 ◇十年の視点◇
     証言「2010年代、短歌になにが起こったか」

総合歌人団体
特別企画・歌人1,000人アンケート「数」のうた

'23年結社誌・同人誌論文
論文-歌人アンケート得票上位三論文(抄録)

「短歌研究詠草」今年度結果発表
SNSで短歌さがします 2023総集編 工藤吉生
物故歌人を偲ぶ
'23年歌集歌書総覧
短歌関連各賞受賞者一覧
「短歌研究」総目次
第67回「短歌研究新人賞」募集要項

二〇二三綜合年刊歌集


百年の視点で見る「現代短歌史」

【拡大特集】「百年の視点」佐佐木幸綱・三枝昻之対談・百年の視点で見る「現代短歌史」。『短歌研究』が創刊九十二年になるのでヨイショして、その時代の流れとしては近代短歌が始まって「アララギ」のいち抜けだったのだが、それだけでは「短歌史」は見えてこないという。三枝昻之『佐佐木信綱と短歌の百年』は「アララギ」以外にも注目した「短歌史」だという。その著者と氏族が対談しているので、その関連の記事だと思うが、短歌と言いながら和歌についても言及する必要があり、その中で窪田空穂が古典「万葉集」「古今集」「新古今集」を評釈したのが、古典観賞と近代短歌の進むべき道を示しているといい、「あららぎ」の「万葉」一辺倒とは違うという。

そして「あららぎ」の提唱した日記代わりの短歌だけでなく、短歌には「晴れの短歌」(公の短歌)と「 」(私的な短歌)があるという。そういう公の短歌を詠んだのが佐佐木信綱だったということで「おのがじし」というのは個人的な歌ばかりではなく、共同体の中の「己が為(し)為(し)」ということなのだという。しかし時代は個人主義的な歌が流行るわけで、啄木・晶子の「明星」もその流れだと思う。

そして関東大震災があり、そのあとに東京の復興のなかで口語短歌や自由律運動も出てきたのだという。面白いと思ったのはその中から前川佐美雄『植物祭』に注目するのだが、混沌の時代の何でもあり状態で一首が三百字ぐらいの短歌もあったとか。

十年の視点

【拡大特集「百年の視点」「十年の視点」証言「2010年代、短歌になにが起こったか」から。

ここ十年のながれはSNSでの短歌であり、その中で自費出版的な文学フリマや大手でない出版社から出る歌集が読まれているそうなのである。それは仲間うちでということで、すでに結社で鍛えられた者との分断があるという。そのなかでアンソロジーが出たりしたのは読んでいた。

短歌ブームというのはこれらのアンソロジーによるところも大きい。

さらに短歌史を探っていく人は小高賢『現代短歌の鑑賞101』もいいという(書店員お勧め本)。

ただこの書店員は『ドラえもん短歌』も薦めているんだな。

一年の視点

『短歌研究 2023年 12月号』拡大特集「‘23総合誌作品展望」から。

真中朋久の2023年作品展望

生涯の実像おほむね迫りきて腕時計の電池入れ替へにゆく 篠弘

篠弘の晩年の短歌。2022年の12月に亡くなったということ。篠弘は短歌史の本でお世話になった。

電池入れ替えるという表現からまだ時計は動き続けると思っていたのか?上句は死期が迫っているという句だった。それでも腕時計の電池を変えねばという律儀な人なのかもしれない。腕時計はケータイ持つようになってから嵌めたことがなかった。そういえば最初の給料で買ったのが腕時計のような気がする。それまでしていた腕時計がダサいゼンマイ式だったから。クォーツという呼び名も当時のものかな。

クォーツの腕時計買う初月給不要なりしか 体内時計 やどかり

2022年のことはすでに遠い日だった。安倍晋三元首相の暗殺があった日のもこの年で歴史的にはけっこう大きな事件だと思うがこれらの歌が後世に残るのだろうか?

元首相が暗殺される国に住むだれがころしたのか雲に問ふ 萩原裕幸

参列者の顔ぶれがおのづからなる評価にて死者を打つその過酷なる鞭 永田和宏

あまり切迫感も無かったのは日本国内のことだったからだろうか。むしろロシアのウクライナ侵攻の方が衝撃だったようだ。

夢よりも夢 砲撃に巻きあがり捩れていったこがねの穂波 佐藤弓生

英霊になりたかつたという男、俺によく肖た顔がふりむく 魚村晋太郎

わたしはわたしを(途絶)わたしはわたしを(産む)わたしはわたしを 真っ黒に湿っている海 山崎聡子

今の短歌はこのぐらい自由だった。ただこの歌は「わたしはわたしを」が上句でリフレイン下句で情景句で難解ではないのかもしれない。リフレインはリズムを伴うのでしばしば定型を無視する。この歌は国境の難民が貧困の中でトイレで子供を産むことにインスパイアされたという。その断絶と接続なのか。

無用なれど滅びないもの 人間のたましひの相手してくれる歌 高野公彦

長老の歌という感じだな。

江戸雪の2023年作品展望

歩くたび揺れる手が後ろに来るのを待ってからそっと手をつなぐ 伊藤紺

先の真中朋久の展望は時事詠が含まれていたからわかりやすかったが上の歌が2023年だろうと2024年だろうと変わらないことのように思える。かわらない日常を歌として詠むことが展望ということなのか?先の高野公彦の歌と同じような感じなのか?

顔にあるふたつの水面ねむれないきみを紅葉として浮かべつつ 小島なお

小島なおはすでに大家の部類だよな。この年の短歌で変化したというのがあるのだろうか?まだ恋愛を読める年頃という感じか。

さけしざくろの卓に載すればかがやける粒粒が溜めし時間したたる 馬場あき子

個人的なことを書けば最近馬場あき子が気になっている。この頃は全歌集が出た頃なのか?その前に出ていてすでに注目の歌人だった。私は映画で興味を持ったのだが。

あはれあはれ古布回収の日に出せり肌襦袢など紐にくくりて 小池光

やはり晩歌的なものはいつの時代も胸打つような気がする。

紙で切りしごとき痛みは何ならむ安倍晋三死にて数日つづく 山田富士郎

年代的なものなのか?「紙で切りしごとき痛み」は紙で指を切るような痛みということなのだろう。それは重いのか軽いのか?

かんがへてかんがへて何も出てこない老いのとば口さやければ 坂井修一

老いの歌もここまでくると老獪さを感じる。

ここからがゴドーのいない明日になる夕陽の丘に少年消えて 貝澤駿一

この歌はいいと思ったのはスーザン・ソンタグを連想したからだ。彼女への晩歌かなと。そうでもなかったか。「ゴドーのいない明日」というのはいいなあ。今の状況そのものだった。

小野田光の2023年作品展望

選ばれた雪はだるまになり水に/ 選ばれなくても水になる雪 イトウマ

なんかいろいろ連想する。身も蓋もない短歌だが、投稿短歌とか思ってしまった。どうせ水なんだと。ただその一瞬の景を取り出すことは必要か?
三人組の短歌グループというのも面白い。今も続いているのだろうか?気になる。

夜半に聞く実況はかくいきいきと 絞める、収める、削る、切り込む 大辻隆弘

ワールドカップだから時事詠なのだろう。全然覚えてないというか興味がなかった。最近この手のスポーツ観戦は格闘技しか興味がないな。

取組後すぐに力士にインタビューするのは計算された笑いか 小坂井大輔

その格闘技相撲だが、この頃ドラマがあったよな。最近の相撲も厳しくなっているようで。

ナショナリズムを煽るサッカー嫌いにて炬燵にひとりエンヤを聴けり 久々湊盈子

このタイプかもしれないな。それにしても名前が凄い。

スノードーム割れてみーんないなくなるだから一汁一菜でええねん 北山あさひ

ウクライナの時事詠だが脱力系。口語がいい。

息子十九「プロフェショナル」出演の打診すれば秒で断る 俵万智

これ見たな。俵万智の地声はドスが効いていた。それでプロフェショナル歌人だと思う一方,NHK短歌の笑いは営業用だと思ってしまう。

歌人が日常を短歌に切り取る歌が流行っているのか、老いはそれこそがテーマとなるのか。

歌詠みて午前四時まで徹夜せり歌を詠むとき高野氏頑健 高野公彦

自分で言っていれば世話ないな。高野公彦が目立つということだった。

気を付けて刑法上は器物でもそいつ吠えたり愛したりする 久永草太

獣医の歌壇賞の歌だった。番犬のことを詠んでいるのか。危険物扱いではなく物扱いということだった。

後藤由紀恵の2023年作品展望

来嶋・篠・松坂三氏卓をへだて在りし昼餉のありありとして 森山晴美

挽歌が強いのだが三人まとめればさらに強力か。

坂本龍一病みて高橋幸宏亡くしテクノポップの老いたるごとく 米川千嘉子

坂本龍一はまだ死んでないときだよな。すでに挽歌だが。

置き配のような母の死コロナ禍の入院生活終わりを告げる 平山繁美

そうだ。自分もコロナ禍に母を亡くしたのだった。こんな感じだったような。コロナ禍の社会詠と身内の挽歌。通常ではない入院生活。

極月のひまわりの花ながめをり 侵攻が戦争になりしは何時か 小林幸子

十二月はいくらなんでもひまわりは咲いてないと思うのだが、映画ポスターとか絵かもしれない。『ひまわり』の映画ポスターだと想像する。その頃映画があったような。

レイプされたかったんだろう?と言はれたり かもしれないがあなたにではない 黒木三千代

随分ストレートな歌だった。「ハラスメント」特集の時のもので、黒木三千代には歌集『クゥエート』の傑作がある。

侵攻はレイプに似つつ八月の 涸谷ワジ 超えてきし砂にまみるる 黒木三千代

『クゥエート』

「ホトトギス」の同人除名今ならばハラスメントと呼びたき仕打ち 松村由利子

虚子の杉田久女除名のことだが、虚子はそれだけではない男根主義者だ。

木田一弘の2023年作品展望

目をつむるのはよいとして断っておくが見たくないだけなんだな 平井弘

目をつむるのもダメだと思うが臭いものいは蓋をしろという社会は誰が作ったのだ?ジャーニーズ問題も今も騒がれているが。

一億総三年寝太郎草ぬいて何よりここをはじまりとして 今野寿美

これは諧謔性があるな。コロナ禍の社会詠で一番かも。

ミサイルが発射されたと速報が!! 都市伝説のひとつと慣れてしまひぬ 尾崎朗子

これも記憶に新しいと思ったが二年前だったのか?それより実際にウクライナでは毎日のようにミサイルが飛んできているのだが、無力感。慣れるしかないのか。

AIに歌つくらせてハンモックわれはゆつくり胡蝶とならめ 坂井修一

AIの歌がもっとあってもいいと思うのだが。AIに短歌作らせても売れるわけじゃないから。

尾崎朗子の2023年作品展望

いちめんに燃えし市街地 三日目に火を噴きて落ちる倉庫二つ見き 奥村晃作

もうこういう歌は聞き飽きてしまったイメージが。具体的に何が出来るのかと。ミサイルの前に歌はあまりにも無力なのか?これは「数の歌」だった。

現地の人に見えざる帯よ今朝も画面に線状降水帯という赤いかたまり 佐佐木幸綱

TV画面の安全な場所から危険地帯へは戦争も同じなのだがのんびり歌をつくっているように思える。切迫感がない。

終末ではないはずだからタオル地のサウナハットに汗を吸わせる 谷川電話

サウナブームも社会詠といえば社会詠か。

うーんうーんと携帯うなりまたくるしそうどうしますかと訊かれる なみの亜子

なんだか経験あるような。緊急警報とか突然鳴り出すから困る。この場合は電話か?

「竹は竹、我は我ゆゑ」 りゅうちぇる 、、、、、、は りゅうちぇる 、、、、、、ゆゑと風うたはむを 米川千嘉子

「りゅうちぇる」も自殺したのだっけ。この挽歌はいいかも。「竹は竹、我は我ゆゑ」は北原白秋の言葉だそうだ。

2023歌集歌書展望 ユキノ進

永井亘『空間における殺人の再現』

およそ歌集じゃないようなタイトルで興味を持った。

メリーゴーランドは破綻した馬を雇い不自然だがどこか微笑ましい
まだ星のことを考えているのなら乗馬の素晴らしさを聞いてください
離陸すれば身体が消える剥製のように穏やかな星までは

現代詩のような短歌だという。短歌でここまで詠めるのはいいと思う。殺人の短歌はないけど。「剥製のように」がそういうことなのか?

『昭和遠近短歌でたどる戦後の昭和』(島田修三)も読んでみたいタイトルだ。

2023歌集歌書展望 長谷川と茂吉

歌名がふざけた名前だと思うが歌人ではこういう人が多いのだろうか?

吉田隼人『霊体の蝶』

文学者のパロディ的な短歌なのか興味深い。ダンテ『神曲』に模したような歌のようだ。。

霊魂プシケエ と称ばれてあをき鱗粉の蝶ただよへり世界の涯の
鐘楼をからすは発てり荘厳の入場の秋を眼にやどしつつ
頓服に渇くばかりのたましひの廃墟を訪はば星ひとつなく

南田偵一『文壇バー風紋青春期 何歳からでも読める太宰治

2023歌集歌書展望 林和清

土井礼一郎『義弟全史』「義弟とはだれなんだろうか」の帯からも謎の歌集だ。

弟と義弟のともにいる部屋でわたしは義弟の名を忘却す

2023歌集歌書展望 駒田晶子

大野道夫『つぶやく現代の短歌史』俵万智から始まる現代口語短歌史みたいだ。

「数の歌」

観覧車回れよ想ひ出は君には 一日 ひとひ我には 一生 ひとよ  栗木京子

『水惑星』

俵万智の歌に次いで最高点を取った短歌。下の句の 一日 ひとひ 一生 ひとよの対句表現とルビか。「ひ」と「よ」の落差。

人生はただ一冊の質問にすぎぬと書けば二月のかもめ 寺山修司

『テーブルの荒野』

カレンダーの歌は決まるな。上の句と下の句は関係ないのだけど、「一」と「二」ということだけでこれだけインパクトある歌が出来るのか?「かもめ」が絶妙なんだろうな。「二月のかもめ」はよくわからんが入り乱れて飛んでいる感じか?

「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日 俵万智

短歌に興味ないときからこの歌は知っていてインパクトが強かったが。「サラダ記念日」は覚えていたが月日は覚えてなかった。まあ覚えられない月日だから二人に取って特別だったのだろう。でも「サラダ記念日」とは?

不来方 こずかたのお城の草に寝ころびて
空に吸われし
十五の心  石川啄木

『一粒の砂』

この歌も人気が高いな。それほど気にとめてなかったが、確かに十五のなんとなく浮遊感がある。

その子二十櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 与謝野晶子

『みだれ髪』

これもいい。初句切れの見事さか。でも「はたち」じゃなく「にじゅう」と読んだほうがいいと思うのだが「はたち」だった。「はたち」なら歳まで書かないとだめじゃないのか?ルビ振れよ。「歳」を入れないのは「櫛」が歳と見間違えるからか。

一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ 永田和宏

『夏・二〇一〇』

この歌も好きだったよな。後年永田和宏よりも奥さんの方が嫌いになったが。

十二色のいろえんぴつしかないぼくに五十五色のゆふぐれが来る 萩原裕幸

『世紀末くん!』

この歌は今知ったのだがいいと思った。

一番加速電車が通過します理解できない人は下がって 中澤系

『uta 001.txt』

これも上手いな。この人の歌集は読んでみたいかも。

たはむれに母を背負ひて
そのあまり軽さに泣きて
三歩あゆまず  石川啄木

『一握の砂』

やっぱ啄木好きだな。歌集買いたいぐらい。昔持っていたんだけどな。


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