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シン・短歌レッスン168



現代短歌鑑賞

小高賢『現代短歌の鑑賞101』から。

高安国世「アララギ」「塔」土屋文明に師事

壇上に苦しき告白に陥ちて行くありありと孤独なる文学者の声 高安国世

Vorfrühling

ドイツ文学者で専門はリルケ。母も「アララギ」の歌人であり、京大短歌会で永田和宏や栗木京子を育てる。「塔」を結成。

家も子も構わず生きよと妻言ひき怒りて言ひき彼の夜の闇 高安国世

『街上』

リアリズム短歌で家庭内不和を詠む。子供の急死・障害の発見、彼の病い、妻との諍い。私小説風な短歌なのか?

羽ばたきの去りしおどろきの空間よただに虚像の鳩らちりばめ 高安国世

『虚像の鳩』

『虚像の鳩』は方法論的に転換期で、現実の喪失感を現実の何かで埋めようと短歌を詠んだという。

かすかなるけものとなりて我も居つ昼の鳥夜の蛾と交わりて 高安国世

『新樹』

晩年は自然との交歓を詠む。

近藤芳美「アララギ」「未来」創刊 土屋文明に師事

土屋文明は要注意か?近藤芳美は戦後短歌を牽引した歌人で「アララギ」の中の異端とされた。岡井隆と「未来」を創刊する。

果てしなき彼方に向ひて手旗うつ万葉集をうち止まぬかも 近藤芳美

『埃吹く街』

松下竜一『豆腐屋の四季』で敬慕する歌人として取り上げられていた。

たちまちに君の姿を霧とざし或る楽章をわれは思ひき 近藤芳美

『早春歌』

青春期の相聞歌。愛唱されているという。

みずからの行為はすでに逃る無し行きて名を記す平和宣言に 近藤芳美

『歴史』

安保世代(1951年)をリードしていくプロテスト短歌は「新しい歌とは何であろうか?それは今日有用な歌である」(『新しき短歌の規定』)。戦後短歌に批評をもたらした第一者。

土屋文明「アララギ」

永田和宏『近代秀歌』から土屋文明。「アララギ」に最年少で入り、平成2年まで生きた歌人。文明の死によって「アララギ」が消滅する。戦後「アララギ」の立役者。

時代ことなる父と子なれば枯山に腰を下ろし向かう一つ山脈 やまなみに 土屋文明

『山下水』

戦後の息子との対面、そして「時代の異なる父と子」の情景の歌。

ただひとり吾より貧しき友なりき金のことにて 交絶まじわりた てり 土屋文明
吾がもてるまずしきものの卑しさを是の友に見て堪へがたかりき 

『往還集』

戦後の貧しい生活の中でさらに貧しい友と絶交せねばならない立場を自身の卑しさとして詠む。

垣山にたなびく冬の霞あり我にことばあり何か嘆かむ 土屋文明

敗戦直後の歌だが土岐善麿が妻から批評される歌を作ったのに対して土屋文明は新しい時代の出発を歌う。「アララギ」の読者を鼓舞していく。

この 三朝みあさ あさなあさなをよそほひし睡蓮の花今朝はひらかず 土屋文明

『ふゆくさ』

土屋文明の詠んだ短歌は一二三四五首と言われている(100歳の長寿を全うするので多いとは言えないという)。その第一歌集の最初の句。十九歳の作。

終わりなき時に入らむ束の間の後先ありや有りてかなしむ 土屋文明

『青南後集』

最後に伴侶が亡くなったときの晩年の歌。歌が輝くのは相聞と挽歌であるという(永田和宏は自分のことを言っているのか?)。

永田和宏「塔」主宰

きみに逢う以前のぼくに遭いたくて海へのバスにゆられていたり 永田和宏

『メビウスの地平』

もう最初から相聞のような挽歌のような歌である。題名が「メビウス」とかさすがに京大教授である。彼の短歌は理知的に構成されているという。

背後より触るればあわれてのひらの大きさに乳房は創られたりき 永田和宏

『華氏』

まだこの時は乳癌になっていなかったのか?なんと暗示的な歌だろう。

用無き電話は君が鬱のとき雨の夜更けをもう帰るべし 永田和宏

『華氏』

もうお惚気短歌の相聞だよな。

透明な秋のひいかりにそよぎいしダンドボロギク だんどぼろぎく 永田和宏

これは「ダンドボロギク」のリズムがいい。永田和宏は歌論も多く書いていた。

一日が過ぎれば一日減つてゆくきみとの時間 もうすぐ夏至だ 永田和宏

ここには掲載されてないが、最初に短歌がいいと思った歌だった。

河野裕子

永田和宏と河野裕子の関係は与謝野鉄幹と与謝野晶子の関係だろうか?河野裕子の方が天才歌人というか感情の起伏が激しい歌人だったような。

逆立ちしておまへがおれを眺めてた たつた一度きちのあの夏のこと 河野裕子

『森のやうに獣のやうに』

たとえば君 ガサッと落葉をすくうやうにわたしをさらつて言つてはくれぬか 河野裕子

『ひるがお』

河野裕子を決定づけた短歌か。こういう恋愛がしたいものだと思わせる。送られた方もまんざらじゃないよな。

ブラウスの中まで明るき初夏の陽にけぶれるごときわが乳房あり 河野裕子

河野裕子は身体的表現が際立っており夫の永田和宏は理知的な短歌の交歓が相聞として相乗効果的に際立ってくるのかもしれない。そして恋人から母性へと目覚めていくのだった。

しんしんとひとすじ続く蝉のこゑ産みたる後の薄明に聴こゆ 河野裕子

蝉の歌は晩年にも詠われた。こういう短歌で人生を語ってしまう歌人なのだった。

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が 河野裕子

短歌という歌物語を生きていたのか。今でも人気があるのはわかる気がする。俵万智が出るまで理想の歌人だったのかも。

たつたこれだけの家族であるよ子を二人あひだにおきて山道のぼる 河野裕子

『体力』

強烈な家族愛のイメージが短歌と共にあり、それは虚構なのか現実なの分からないような。虚実皮膜の短歌と言っていいかも。ただこれは子供にはつらいかも。

あと三十年残つてゐるだろうか梨いろの月のひかりを口にあけて吸う 河野裕子

生きていることの歓びなのか、月のひかりというのが巫女的か。河野裕子はずっと活火山のような歌人だったという。

与謝野鉄幹

われ男の子意気の子名の子つるぎの子詩の子あゝもだえの子 与謝野鉄幹

与謝野鉄幹はこの一首だけでいいみたいな。~子と続けたあとに「あゝもだえの子」と落ちが来る。上句は益荒男ぶりの男子の句で下句に本心が隠されている。晶子と登美子を弟子にして「明星」を創刊。この時結婚していてそれも教え子に手を出すというもだえの子ぶり。この歌が近代短歌の内面(自我)を詠んだとされる。

鉄幹に関してはこの一首だけでいいかなと思うのは相手の与謝野晶子が天才歌人すぎるからだった。

まだ鳳晶子だった『みだれ髪』は多くの秀歌を残している。

なにとなく君に待たるるここちして花野の夕月夜かな 鳳晶子

『みだれ髪』

「なにとなく」の淡い感情から花野の夕月夜なのである。季重なりとか野暮なことは言わない浪漫あふれる歌。

やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君 鳳晶子

『みだれ髪』

この誘いに乗ってしまったんだな。道を説いてばかりはいられないとか。

髪五尺ときなば水にやはらかき少 女 をとめごころは秘めて放たじ 鳳晶子

『みだれ髪』

黒髪が乱れるものとしたのは和泉式部の和歌による。自分で「をとめ」と言ってしまうところが自意識過剰だな。むしろ歌人はそういう人が多いのかも。

黒髪のみだれも知らずうちふせばまづかきやりし人ぞこひしき 和泉式部

『後拾遺和歌集』

なんでこれが事後の歌なんだろう?「かきやりし人」なのか。そう思うと晶子は秘めてないよな(妄想がいっぱい)。

その子 二十はたち 櫛にながるる黒髪のおごりの春のうつくしきかな 鳳晶子

『みだれ髪』

「その子」と客観視しているようでいて鉄幹の歌を受けているのかな。晶子の自意識過剰の歌だがリズムが素晴らしいということだ。「その子二十」の初句切れ(六音)次にトレモロで「の」でつなぎながら一気に「うつくしきかな」まで読ませる。数詞がリアリティを出している歌。

清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひ逢ふ人みなうつくしき 鳳晶子

晶子のテクニックその2は、地名の使い方が上手いということだ。「桜月夜」は晶子の造語らしい。

鎌倉や御仏なれど釈迦牟尼は美男におはす夏木立かな 与謝野晶子

『恋衣』

鎌倉の大仏は「阿弥陀如来」なのだと川端康成が文句を言うのだが(石碑が立ったのが気に食わないと)、仏性はそういうのは関係なく尊いものなのだ。それを人間界に引き込む晶子の大胆さだろう。この元は「アララギ」の伊藤左千夫と島木赤彦が「明星」の晶子に対していちゃもんを付けたのが始まりだという。女性歌人は出すぎると叩かれるというのは晶子から裕子に受け継がれていく。

ほととぎす嵯峨へは一里京へは三里水の清滝の夜の明けやすさ 鳳晶子

『みだれ髪』

数字と地名が入っているが大した歌じゃないと思ったが嵯峨の「水の清滝」というひっそりした場所で鉄幹と一夜を過ごし、ほととぎすの鳴く夜明け(きぬぎぬの朝)に帰るということらしい。

ああ皐月仏蘭西の野は火の色君も 雛罌粟 コクリコわれも雛罌粟 与謝野晶子

『夏より秋へ』

コクリコはひなげし。鉄幹との旅行を謳歌している。その歌のリズムがいい。この欧州旅行は、「明星」廃刊後に鉄幹が意気消沈していたので晶子が実現させたのだという。

君こひし寝てもさめても黒髪を梳きても筆の柄をながめても 与謝野晶子

『青海波』

このオープンマインドの短歌が与謝野晶子の魅力なのだろうか?『寝ても覚めても』という映画があったな。晶子の歌からイメージされたのかもしれない。

山川登美子

髪ながき 少女をとめ とうまれしろ百合に額は伏せつつ君をこそ思へ 山川登美子

『恋衣』

そうか『恋衣』は晶子と登美子の合作歌集だった。激情型の晶子と秘めた恋の登美子であった。

それとなく紅き花みな友にゆづりそむきて泣きて忘れな草つむ 山川登美子

『恋衣』

鉄幹と晶子の三人で旅館に泊まり一夜を共にしたという。山川登美子が鉄幹を晶子に譲ったのか?

三たりをば世にうらぶれしはらからとわれ先づ云ひぬ西の京の宿 鳳晶子

『みだれ髪』

この状況は凄いな。三者三様のもだえの子か?鉄幹は妻滝野とのことで実家から資金打ち切りの話があり(「明星」への)、晶子は親元を離れ妻子いる男のもとへ出ようとしている。登美子は鉄幹をあきらめ他の男と結婚することを決意したとか。映画みたいな話だ。


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