筋肉をつけたら家を買っていた⑨【内覧前の準備】
小説家は住宅ローンが組める……だと?
さて、回想を終えて千葉の物件を内覧した時に戻る。
「お客さんでしたら住宅ローンを組めますよ」
不動産屋さんが放ったその一言が、私に衝撃を与えた。
「でも、個人事業主ですよ!? 小説家ですよ!? ギャンブラーですよ!?」と目を剥く私。
だが、小説家=ギャンブラーとは限らないかもしれない。
私はファーストペンギンめいたことをしたりニッチな作品ばかり書いているが、流行っているジャンルに便乗する作家さんもいる。需要に沿って仕事をする人は、ギャンブルとは言えない。小説家はギャンブラーであると吹聴してしまったことをここで謝罪しよう。
それはともかく、不動産屋さんは個人事業主が住宅ローンを組むところに何度も立ち会ったことがあるという。
今(2023年梅雨当時)は低金利競争でどこも住宅ローンウェルカム状態だし、過去三年の収入がそこそこならば問題ないだろう。ただし、経費計上しまくって所得を抑えていると難しい場合があるかも。
そんな具体的な話を聞いた。
おおよその所得を教えると、「このくらいなら借りられるかもしれませんね」とざっくりと計算してくれた。
その金額を見て「えっ、23区内の中古マンションならいけるんじゃない?」と思った。
不動産屋さんにお礼を言い、千葉の物件を後にして東京へと戻った。
やはり、東京と千葉は空気が違う。
千葉はどんなに大きな都市でものんびりした雰囲気が漂っているが、東京のオフィス街はピリついている。
オフィス街のピリつきにはもう疲れたが、のんびりしすぎてもよろしくない。千葉は引退後に移住する候補地としておいて、今は23区内で探そう。
そう思いながら、私は観光客とビジネスパーソンがごった返す池袋に帰宅し、SUUMOを再び開いたのであった。
どんなおうちが欲しいのかリストアップする。
おおよその予算がわかった。
次は、自分の理想を可視化する番だ。
ぼんやりとしたイメージのまま家探しをすると、不動産屋さんも困るだろうし、自分も選択を誤るかもしれない。
私は既に、バランス釜物件とペラペラデザイナーズマンションとタワマンの三件を選択している。大家さん付き物件にも住んで四件のデータがあるので、過去の経験から何が必要で何が妥協できるのか考えてみよう。
以下が、私の場合の夢のマイホームの条件だ。
①集合住宅
一軒家は管理しきれない。お金を払って管理を任せたい。
設備が共有なのは気にしない。
騒音問題があるものの、一軒家同士でも意外と聞こえることもあるし、敷地のそばに輩がたまるなど治安が悪化した際、集合住宅の住民一同で抗議した方が強い(数は正義)。有事の際にコミュニケーションを取りやすい。
あと、家の中に階段があると不便。
多層の建築物は大好物なのだが、人生は何が起こるかわからない。
足を骨折した際、家がバリアフリーであることが必要だと感じた。
②管理人がいる
有事の時に対応してくれる現地の人が必要。
大家さんでもいいが、大家さんがいるのは賃貸のみなので今回は除外。
日勤必須。できれば夜もいてほしい。
③セキュリティがしっかりしている
②の管理人さんにも通じるが、チャイムを鳴らしまくる不審者に苦しめられた私としては、とにかく不審者が入りにくい物件がいい。
最低でもオートロックは必要だ。
ジャンクをかき集めて作った壁と有刺鉄線、タレットがあれば完璧なのだが、終末世界ではないので完備された物件はないだろう。
④高すぎず、低すぎず
タワマン高層階に住んでわかったことだが、高いと日当たりや眺望がいいかもしれないが、犠牲になるものが大きい。防災もその一つだ。
やはり、停電でエレベーターが使えなくなっても、問題なく地上にアクセスできる高さがいい。
だが、1階は防犯面にやや不安があるし、土いじりが苦手なので庭を持て余すこと間違いなしだ。
2,3階にも住んだが、外の声が意外と聞こえる。通りに面している場合は、積極的に選ばないだろう。
深夜に飲み屋帰りのサラリーマンの声が煩かったというのもあったし、早朝に家の前の自動販売機で新聞配達員がたむろして煩かったというのもあった。特に、飲み屋、コンビニ、自動販売機がある物件は、夜間に人がたまりがちなので要注意だ。
⑤池袋よりも海近
私は海が好きだ。筆名に海を入れるレベルで好きだ。
疲れた時はもう、「海に行きたい……」とうわごとのように繰り返す。
池袋のタワマンからは、辛うじて海が見えた。冬の空気が澄んだ日、太陽の光を浴びてキラキラ光る海を見るのが好きだった。
たぶん、海から離れたら生きるのがしんどくなるだろう。
クリエイターだし、高円寺や吉祥寺の辺りはどうかと勧められた。
あの辺りが素敵なのは私も知っている。だが、海が遠くなるので駄目だ。
あと、奥多摩に近づけば近づくほど冬は寒い。寒いのが大の苦手(仙台生まれなのに……)な私は、きっと耐えられないだろう。
⑥パブリックスペースが充実している
共用施設があった方がいい。
ロビーやラウンジがあると、版元さんなどと打ち合わせをしやすいからだ。
フィットネスルームもあると嬉しい。部屋にはヨガマット以外置きたくない。ただし、フィットネスルームがキッズに侵略されないことが必須だ。
また、私には不要だが、キッズルームがあるといいかもしれない。
キッズルームがあるとファミリー層が入居しやすいし、ファミリー層が多いと治安が良くなる。
あと、子どもが敷地内で遊んでいるのを見るとほっこりするし、今の子がどんな遊び方をしているか参考にできるので有り難い。
⑦宅配ボックス
よく版元さんから荷物が届くので、これはないと困る。
宅配ボックスに換わるサービスが近くにあるのなら、必須ではないのだが……。
⑧新耐震基準
1981年6月1日から施行された「新耐震基準」が適応されている物件は、震度6強~7程度の揺れでも家屋が倒壊・崩壊しないようになっている。
地震でおうちが崩壊したら終わる。
あと、古くてメンテナンスが行き届いていない物件は、内部のあちらこちらにガタが来ている可能性があるので、出来る限り避けたいところだ。
⑨寝室が欲しい
ベッドからワークデスクが見える生活をしたことがあるのだが、気が休まらなかった。
寝室はワークスペースが見えないところがいい。
1LDK以上が望ましいが、掃除が下手くそで管理がしきれないので、部屋数が多過ぎても困りものだ。
⑩ゴミステーションは敷地内に
タワマンは各階にあってめちゃくちゃ便利だった。
ただ、ゴミステーションにアクセスしやすければ各階でなくても問題ない。
ゴミステーションがあると、収集日を気にせずに済む。
池袋に住んで8年くらいはマンション内にゴミステーションがあったので、もはや、収集日を気にする生活には戻れないのだ……。
他にも部屋の向きやら何やらを挙げてみたが、それなりの数になった。
この中でも優先度が高いのは、②③④⑧だ。
セキュリティと防災は欠かせない。
両方とも命にかかわることだからだ。
また、②を選ぶと必然的に①になる。
とにかく、新築は高騰して手が届かないので、中古にしよう。
新築にこだわりはないし、資材が高騰している現在、資材が安かった時の物件の方が造りがしっかりしているまである。
また、すき間風無し、バランス釜でないというのも必要事項だ。
冬の寒さはダイレクトに健康を損ねるので、寒さに耐えられる物件がいい。
条件を絞っていくうちに、今まで知らなかった選択肢も目に入ってきた。
「定期借地権」という落とし穴。
安くて条件がいいおうちが見つかった!
どうしてこんなに安いの!?と思ってよく見たら、「定期借地権」という設定の物件だった。
初めて目にした言葉に首を傾げつつ調べてみたところ、どうやらこれは、土地の権利は得られず、建物の権利のみ買うものらしい。土地は地権者さんから借りていることになり、定期的に地代を納めないといけない。
そして、土地の契約が終わったら、建物を壊して地権者さんに土地を返さなくてはいけないという代物だ。
ゆえに、物件価格はリーズナブル。
しかし、いずれ建物はなくなってしまうし、地代もかかる。
契約期間内に引っ越すつもりがある人ならばいいかもしれないが、私は先行き不透明すぎる職業なのでわからない。
それに、契約期間が近づけば近づいただけリセールをしにくくなるので、資産価値が通常の物件よりも早く低くなるのでは……と思ってしまった。
あと、東京23区内の土地を持ってるってなんかカッコいいと思っている私は、土地の所有権が得られないというのに魅力を感じなかった。
もちろん、定借の住宅の方が合っている方もいるので、自分のライフスタイルと懐事情とこだわりと相談したうえで、定借物件を選択するのはありかもしれない。
物件を購入するにあたって、不動産系のサイトを巡回したり不動産系YouTuberの動画を見たり、とにかくいろいろなものを漁っていた。
賃貸VS持ち家論争を見て「どっちも都合がいいことしか言ってないな」と思ったり、ワンルームマンション投資詐欺を見て震えたり、不動産屋さんに対してなんとなく警戒をしつつ、物件を探すことにした……。