筋肉をつけたら家を買っていた⑦【回想編:小説家 怒りの引っ越し】
管理人=コンシェルジュ、ってコト!?
池袋自体は好きだ。
利便性は良いし、好きなお店がいっぱいあって楽しい。
毎日のように刺激があるので、クリエイティブなことをするにはうってつけだった。大型書店があるので資料を入手しやすいし。
だから、池袋から離れたくない。
そう思った私は、地元の不動産屋さんを調べた。
レビューを読み漁り、騙し討ちをしなさそうな不動産屋さんを選んだ。
駅前に地域密着型で親身になってくれるという不動産屋さんがあるという情報を得た私はそこに駆け込み、現状を説明したうえで、「管理人さんか大家さんがいる物件を探しているんです!!!」と訴えた。
ペラペラデザイナーズマンションは管理が行き届いていないがゆえのトラブルが多かった。
だから、物件にある程度通ってくれるか常駐している人が必要だと思った。
板橋の大家さん付き物件のような感じだといいかもしれない。
池袋でそんな物件はないだろうか。
そんな気持ちでの発言だった。
だが、担当してくださった不動産屋さんはこう言って物件を探し始めた。
「えーっと、コンシェルジュがいる物件は……」
コン……シェルジュ……???
「いや、そういう高級物件じゃなくて……!」と慌てる私。
「ですが、24時間体制で管理しているのはそういう物件しかなくて……」と不動産屋さん。
「お、大家さんが住んでる物件とか……!」
と私は伝えたのだが、検索がかけられないのか、池袋の駅近にはそもそも無いのか、「コンシェルジュさんがいる物件」をあっという間にリストアップされてしまった。
恐る恐る候補に挙げられた物件を眺めると、タワマン、タワマン、タワマン……どれもタワマンだ。
なんで、私がタワマンに!?
ブクロのタワマン、内見RTA。
タワマン、それは成功者が住む場所。
田舎の団地育ち、就職氷河期とリーマンショックのコンボで「普通」の人生から完全に外れてしまった私とは縁が遠い場所だと思っていた。
だが、リストアップされたものの家賃を見てみると、意外と現実的な価格であった(※別に安いわけではない)。
タワマンに入る機会なんてそんなにないし、内見はタダなので見学してみよう。執筆のネタになるかもしれないし。
そう思って、内見できる物件に案内してもらうことになった。
不動産屋さんから近いので、徒歩でのんびり移動することになる。
周辺環境を知りたい私にとって、徒歩の移動は有り難かった。
①オフィス内の残業ビュー物件
最初に案内されたタワマンは、駅前で一階に飲食店があり、なかなか利便性が良さそうな場所だった。
さすがはタワマン、エントランスはホテルライクで素敵だ。
案内された部屋は、タワマンにしては低層階だが自分にとっては高層階だ。
どんな景色が見えるんだろうと思って、大きく開かれた窓から外を眺めてみると、なんと、お隣のオフィスの中が丸見えだった。
内見したのは日没後。
終業時間が過ぎているにもかかわらず、オフィスの明かりは煌々とついており、パソコンに向かって黙々と仕事をしているビジネスパーソンがそこにいた……。
「ヒィ!」と情けない悲鳴が漏れる。
元社畜の私、終電間際にならないと帰れない会社のことがフラッシュバックして大ダメージ!
毎日のように、残業風景を見るのは辛すぎる。
私は心の古傷が痛みだすのを感じながら、そのタワマンを後にした……。
②エレベーターにアレが付属する風俗街ビュー物件
次に案内されたのは、築浅で綺麗な物件だった。
エントランスの高級感やデザインの美しさが素晴らしく、コンシェルジュさんの雰囲気もいい。
いい物件だと思う。ここが、風俗街の近くになければ……。
この物件に来る途中、治安の悪いエリアを通り抜けたのが気になった。
駅から帰宅する時、そのエリアは避けて通れないのだ。
しかも、部屋から見えるのは風俗街。
早朝に起床し、さあ仕事をしようという時に朝日に照らされた風俗街を見下ろす……。
うーん、だいぶしんどいぞ……。
とはいえ、建物自体は綺麗だ。
立地以外の条件は悪くなさそうである。
悩んだ私は、物件の現状を知るべく掲示板を見ることにした。
掲示板には工事などのお知らせの他、注意喚起などが掲示されていることがある。
騒音トラブルがないか、ベランダで煙草を吸う輩はいないか、その他の想像できないような何かはないかを見極められる。
そして、掲示板を見てみると、
「エレベーター内に吐瀉物を放置しないでください」
という注意喚起が貼られていた。
としゃぶつ!?!?!?!
放置する人がいるの!?!?!?
まあ、場所が場所なので吐くまで飲んで帰る人もいるのかもしれない。
それにしたって、なかなかお目にかかれない注意喚起だ。
他にも、「窓からものを投げ捨てないでください」という貼り紙もあった。
私は「ここはダメです!(;;)」と首を激しく横に振りながら、不動産屋さんとその物件を後にした。
③内見不可、謎物件!君に決めた!
タワマンって色々あるんだなぁと思いながら、不動産屋さんの店舗に戻る私。
どうしたものかと思っていると、不動産屋さんは別の物件を見つけてきてくれた。
東池袋駅直結のタワーマンションである。
今の家(デザイナーズマンション)から徒歩五分圏内だ。
それは、東池袋でも有名なタワーマンションだった。私も何度かその前を通り、「なんかすごい建物だなー」と眺めていた。
そのマンションの一室が、空き室になる予定だという。
つまり、今はどなたかが入居されているということだ。
それゆえに、内見はできない。
だが、人気物件なのですぐに埋まってしまうらしい。
内見できなくても決めてしまう人がいるとのことだった。
不動産屋さんの言っていることがハッタリではないのはわかる(そもそも、不動産屋さんは内見ができないことを気にして強く薦めてこなかった)。
私も住めるなら住んでみたい。というか、賃貸なんてあるんだ、あそこ。
という衝撃を受けたくらいだ。
警備員さんが敷地内を見回っているのをよく見るし、管理もかなり行き届いているのは知っている。
コンシェルジュさんもいるそうなので、トラブルがあった時に対処してくれるだろう。
だが、内見ができないというデメリット以外にも、気にすべき点はあった。
家賃の高い部屋なのだ。
ぶっちゃけた話、サラリーマン時代の私が雇える。
というかサラリーマン時代の私を雇ったうえでお釣りがくる(薄給だったので)。
どうしてそんなに高いのか。
立地の良さとかタワーマンションだからとか管理が行き届いているからとか諸々もあるのだろうが、何より空室がバキバキの上層階だからだ。
日本のタワマンの高さTOP20(2023年現在)にランク入りするタワマンの上層階。
もはや、異次元の部屋だ。
日当たりが良さそう、ということくらいしかわからない。
というか、オーバースペックな気がする。
流石にここまでオーバースペックなところに住むわけには……と尻込みしていたが、今の自分の部屋を思い出す。
深夜は隣家の騒音で起こされ、家に居ながらにして副流煙を浴び、何もしない管理会社に管理費を払う毎日……。
そんな毎日に別れを告げたい!
この頃は有り難くもお仕事をたくさんいただき、馬車馬のように働いていたので実入りが良かったのだ。
精神的に摩耗していた私は、死にそうな声で不動産屋さんに言い放った。
「ここに住ませてください! 金ならある!!」
まさか、自分の人生の中でこんなセリフを口にするとは思わなかった。
該当の部屋は賃貸。金がなくなったら出ていけばいい。
追い詰められていた私は、清水の舞台から飛び降りたのであった。
それに、家賃が高いとはいえ、ほぼ仕事をしているような人間だし、仕事のパフォーマンスを高めるためのオフィスに投資すると思えば、贅沢とは言えないかもしれない。
いいオフィスを借りて、そこに寝泊まりするイメージだ。
オフィスと自宅を別々に借りる人もいるので、それと同じだと思えば現実的な家賃……と言えなくもないと自分を納得させた。
元昭和アパート住まいの作家、タワマンに住む。
こうして、私はデザイナーズマンションと怖い隣人とおさらばし、ひょんなことから夢にすら見ていないタワマン生活を始めることとなった。
実家は細いというか無も同然、稼げる配偶者など知らぬ、潰しがきく資格もない。専業になるにはこれが必要とおっしゃってる作家さんがいた気がしたが、いずれも無くて専業をしている。
我が人生、デフォルトで背水の陣である。
筆一本で生計を立てている氷河期世代リーマンショック直撃元社畜作家がソロでタワマンに住むって……詰んでる気配しかないけど、どうなっちゃうの!?!?