置いてきた花
新幹線を降りて駅構内にあるスターバックスに立ち寄り、大好きなソイラテをオーダーするため列に並びました。
家から最寄りのコンビニまで、車で10分はかかるという実家から都会へ戻ったときの、ささやかな楽しみなのです。
もう人生の半分以上を都会で暮らしているはずなのに土地に根をはらずに生きているせいなのか、何年経っても実家にしばらく戻ると都会的なものを渇望してしまうのが自分でも不思議です。
私の前には3人の外国人男性が並んでいて、何やら英語で楽しそうに会話しています。
順番になると1人ずつ空いたレジへ進んでいき、私もその後へ続きました。
レジでは新幹線の出発時間を聞かれましたが私は降りたところですと告げ、会計を済ませて商品受け取りカウンターの近くへ行きました。
駅構内はかなり音がうるさいので、レシートに印字された番号をチェックして、呼ばれるのを聞き逃さないように耳を澄ませて待たなければいけません。先ほどの外国人男性3名は少し離れたところでまた楽しそうに話をしながら待っているようでした。
カウンター内では目を見張る手際の良さで商品が作られていき、番号を呼ばれた人たちが次々に受け取っていきます。
もうすぐ呼ばれるかな、そう思った瞬間でした。
「ワンワンワン」
騒音を押しのけて聞こえてくる、店員さんのワンコール。
「ワンワンワン」
私の前に並んでいた外国人男性の番号がNo.111だったというただそれだけなのですが、その番号が海外の方のオーダーだと識別されているという、ホスピタリティあふれるオペレーションへの驚きと図らずもワンちゃんを呼んでいるようなかわいらしい呼び声に、濡れた目を丸く輝かせながら「ワンっ」と返事したい衝動に駆られるので早く外国人男性よ名乗りをあげてくれと祈る気持ちでした。
「ワンワンワン」
3回目でようやく3人のうち1人が受け取りカウンターへ来て商品を受け取りました。
私の従順性がバレる寸前でした。
危なかった。
ソイラテを受け取った後在来線に乗り替え、電車の中でつい数日前に実家で作ったババロアの写真をうっとりと眺めていました。
庭を散歩しながら、オーブンを使わず、かつ田舎のスーパーにある材料で出来るスイーツがないかと考えていたところ、自生しているミントや美しく咲いたモッコウバラからイメージがふくらんで、ババロアはどうかと思い立ったのです。
私は車を走らせて最寄りのスーパーへ行き、ババロアの材料を買い揃えました。
まずは計量です。
生クリームはツノが立つまで泡立てます。
泡立て器があまりにも頼りなく、なかなか泡立たない事に腹を立ててツノが生えそうです。
だそうです。
牛乳やら、砂糖やら、ゼラチンやら、卵黄やらレモンやらを手順に沿って混ぜ合わせていき、泡立てた生クリームも合流させたら器に流し込んでいきます。
冷蔵庫で冷やし固めたら、仕上げのトッピングです。
カットした苺と冷凍のベリーにジャムをからませてババロアの上に乗せたら、仕上げに庭で摘んだミントとモッコウバラを飾り付けます。
器は20年以上前、姉が国際結婚をするこにとなり結婚式の前に義兄とご両親をお迎えするために、父と母が外国の人ならワインだろうという、日本人といえば寿司だろうぐらいのイメージで買い揃えたワイングラス。
ワインなどとは程遠い暮らしゆえに、それ以来棚の奥で埃をかぶっていたグラスが淋しげで気になっていたのです。
ババロアで命を吹き込んでみたところ、両親、そしてLINEで写真を見た姉も、皆で楽しくワインを飲んだ当時の記憶がよみがえったと、嬉しそうに声を弾ませていました。
お菓子作りがもたらす喜びとはこのような側面もあるのかと改めて気付かされ、また、こういった喜びをともなう心の動きが本質的な価値なのかもしれない、とそんな事を考えていました。
そういえば、残ってしまったミントとモッコウバラは、小皿に水をはって浮かべたまま実家を後にしたけれど、あれからどうなっただろうか。
キッチンの片すみで元気だろうか。
それとも母が捨ててしまっただろうか。
ぼんやりとした頭で置いてきた花の事を思い、下書きしたnoteの続きを書いている今、ここは、2畳半ほどの取調室です。
これを書いている今日、電車内で迷惑行為に遭われた女性の横にたまたま座っており、塩ひとつまみほどの微々たるサポートをしたところ、1時間程で終わるのでどうか事情聴取に協力していただけないかと警察の方から申し出があり、取調室に入ってかれこれ3時間。
目の前にいる警察の方は、私からの聴取内容をまとめる作業中で、それが思ったようにいかないのかノートパソコンに向き合って困り顔です。
ワンワンワンはもうええ。
帰りたいんや。
5月某日
#日記 , #エッセイ , #スイーツ , #お菓子作り , #ババロア , #なぜか取調室