駄メモ 1
iPhone のメモアプリを習慣的に使っている。
メモの内容は、仕事中に得た情報、ふと思いついた仕事に使えそうなアイデア、行きたい旅行先やお店、読みたい本、気になったアーティスト、聞きたい音楽、観たい映画、欲しいもの、などだ。
とにかく少しでも記憶しておきたい事はメモするように習慣付けている。
しかし、特にフォルダを分けたり、必要なくなったメモを削除するなど整理しているわけでもなく、雑にデータが残ったままになっている。
先日ふと、過去のメモを遡って整理をしようと思い立った。
確認すると、今のiPhoneには2017年10月からのデータが残っているようだ。
約3年前、それほど遠い過去でもない。
メモを1枚1枚確認しながら「ああ、あの時のアレね」「もうこれは必要ないメモね」といったように記憶とメモが結びついて、整理作業が出来ると思ってた。
しかし現実は違った。
全く思い出せない暗号のようなメモが、あちこちに登場してくる。
明確な目的を持ち、記憶と深く結びつくメモの合間に、魔がさしたように現れるのだ。
謎に包まれるメモたち。要不要の判断ができないメモたち。中二病的なメモたち。それらは紛れもなく、過去の自分の思考と行動が残したものだ。
誰に見せるわけでもなく、自分だけが記録しておきたいと思った事だからこそ、私の性質を強く表し、滑稽さや恥を曝け出すものとなる。
そんなメモたちを「駄メモ」(←ダジャレ)として名付け、シリーズ化し、時にアップしていきたいと考えている。誰得。
とにかく今回はその第1段である。
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12月19日17:34
スペイン ムガリッツ
こみぞさん
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ムガリッツはスペインにある世界的レストランなのでいつか行きたいと思ったのかもしれないが、続く「こみぞさん」が謎だ。こみぞさん誰ですか。
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2017年12月31日1:25
どうか、メロディが聞こえますように
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24時間後には新年を迎えようとしている大晦日深夜に、中二病的なメモは駄メモ確定。除夜の鐘を切望しての祈りか。
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2018年1月7日20:23
手帖を買う、財布を買う、履歴書を出す、自転車を買う、貯金する、ゴミを捨てる、引越しする、コンテストに出す、転職する、メモノートを買う(プライベート用)、キャットタワーを買う、親孝行する
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恐らく年が明けて初出社した日の夜に、色々思うところがあって、新年の誓いのような意味合いでメモしたのだろう。
余程初日に嫌な事があったのか、転職への強い意志がうかがえる。
最後に親孝行するとか、親が知ったら号泣しそうだがしかし、「ゴミを捨てる」が紛れ込んだ時点で駄メモだ。誓わずにすぐ捨てろ、それが親孝行だ。
気になる方のために2020年現在、それらの誓いが果たされたのかをここで発表しようと思う。
手帖を買う→2020年現在未購入
財布を買う→2019年に購入
履歴書を出す→2020年現在どこにも出していない
自転車を買う→2020年現在未購入
貯金をする→努力はしている
ゴミを捨てる→ご心配及ばず、ほぼ毎日捨てている
引っ越しする→2019年に引っ越し
コンテストに出す→2020年に出して落選
転職する→2020年現在していない
メモノートを買う(プライベート用)→相変わらずiPhoneのメモのみ
キャットタワーを買う→2018年購入
親孝行する→努力はしている
実行率58%
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2018年1月29日 14:06
松岡さん
155482
2064260
20000
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「こみぞさん」に続き「松岡さん」誰。
続く謎の数字はポケベル世代の名残か。
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2018年2月2日 19:37
タオルだと思ってたらクロス
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1万歩譲って「ああ!これタオルやと思ったけどクロスやったわ!」というシチュエーションが過去にあったとしても、メモする必要性はどこにもなかったはずだ。1ミリも記憶にないが、メモしたのは間違いなく自分だと言う事実に震える。
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2018年2月16日 22:53
情報開示請求
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怖い怖い怖い怖い。SNSやってもなかったのに何事。
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2018年2月18日 23:26
誰かこの感情に名前をつけて欲しい
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馬鹿なの?典型的な駄メモだ。
私が今、過去の自分に対して抱いている感情に名前をつけるなら哀(あわれみ)である。
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2018年4月22日 9:29
ハシビロコウ
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2018年4月28日 21:52
踊る埴輪
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ハシビロコウの6日後に埴輪。自分の興味の先がカオス。
なお今現在、ハシビロコウは大好きな鳥なのだが、先日行った動物園ではお目にかかれず残念だった。
こんな調子で過去の駄メモと向き合ったところ、気がついた事がある。
それは記憶になくてもどこか「わかる」という事だ。
何となく、ぼんやりとではあるが、「私ならやりかねない」と思う気持ちだ。
「明日生まれ変わったって結局は自分の生まれ変わり」
BUNP OF CHIKENの「Butterfly」と言う曲の一節だが、私はこの部分が好きだ。結局、この先も私は駄メモを残すに違いない。