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知らないおじさまに水仙をもらう

 知らないおじさまに水仙をもらった。

 後輩と二人、仕事で荷物を台車に載せてエレベーターに乗っていたら、途中で乗ってきたおじさまたちが水仙をくださった。わたしと後輩、二束ずつ。

 なんとも良い香り。長崎市野母崎の水仙だそうだ。今はちょうど水仙祭りの時期で、一面に広がった白い花をみることができる。数年前に行ったことがあるが、遠くて淡い冬空の下、天国みたいに甘い空気に満ちていた。

 その天国の一部を突然にもらった。

 なんともとても、嬉しい。

 後輩は持って帰っても飾る場所がないとのことで、一束はパートのおばちゃまAに、もう一束はおばちゃまBに、それからもう一束は短く切ってペットボトルで作った花瓶に生けて職場においた。上司はたいそう喜んでいた。

 もう一束はわたしが持ち帰らせて貰った。

 好きな作家のくどうれいんさんが酒蔵とコラボしてつくられた「gansyu」という日本酒のシリーズがある。くどうさんが詠んだ歌が短冊のように瓶にぶらさがっている水色の瓶。ラベルもひとつひとつ異なる絵だ。わたしは下戸というか命の危機になるぐらいお酒がちっとも飲めないのだけれども、瓶欲しさにゲットした。厳密に言うと私が買ったわけではないのだけれども、そこは話が長くなるので省略しよう。うん。恋愛関係だよ、好きに想像してくれ。中身はかわいい後輩カップルに飲み干して貰った。飲みっぷりは怖いぐらいだった。ありがとう。

 女子会で串揚げの店に行くことになっていたが、水仙のために一瞬だけ帰宅した。先輩同輩を待たせているので急ぎ生けなければとキッチン下の棚をあけた。ここに花瓶が入っている。茶色い細い花瓶があるはず、と開けたが、その横の水色の瓶が眼に飛び込んできた。

 くどうさんのお酒「酔仙」だ。

 gansyuは二種類手元にあったが、「酔仙」という名前だった。雨のような線がラベルには描かれている。

 この瓶に水仙を飾るしかなかろう。なんてイイことを思いついたんだろうと水色の瓶を手に取った。すこし葉っぱを減らしたけれど、あつらえたように水仙はすっぽり「酔仙」に収まった。

 すらりとして、水色に白と黄色が映える。

 なんか生きてるとこういう急な嬉しいことが、本当に予期しない方向から舞い込んで、つらいこともきついこともたくさんあるけれど、頑張ってやっていきたいなぁと。知らないおじさまから水仙をもらうなんて、そんなのちっとも想像だにしないじゃないか。

 深くふかく息を吸って、肺と全身の細胞にうれしさを行き渡らせる。
 透明にあまくて、うれしい。


水仙と酔仙

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