(小説)宇宙ステーション・救世主編(三・四)
(三・四)オリオン座ステーション
ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……夜の海鳴りの打ち寄せる先に夜の港のある如く、宇宙の星々の瞬きの彼方にも、長旅の疲れをば癒す港あり。宇宙の闇のまっ只中に燦然と光り輝くここオリオンの宇宙ステーションにも、幾多の旅の星々が宇宙の果てより流れ着いては旅の疲れを癒したものである。その多くはオリオンの光の眩しさ美しさに魅かれ、そのままこの地にて余生を送り星の一生を全うし骨をば埋めた。かくしてオリオンの瞬きはそれら無数の星々のエネルギーを吸収し、いや増しに増して光り輝き、今も尚宇宙の中に唯一無比なる栄華を誇っている次第にて候。
バビブベブー、こちらはオリオン座ステーション。メシヤ567号殿、貴船に於かれても、永くこの地に滞在されんことを望む次第。ここには光も熱もあり夢も希望も、おまけに女も酒もその他ありとあらゆる宇宙の娯楽が揃っておりまする。なのに、はて何故に、そなたそうして旅を急がれるか。是非ともその訳をばお聞かせ願い奉り候、バビブベブー。
ピポピポピー、こちらはメシヤ567号。まことに有難き御言葉痛み入ります、オリオン座ステーション殿。わたくし共はこれから太陽系第三惑星Yoshiwara駅へと参る途上で御座います。なぜわたくし共こうまで先を急いでいるかと申しますれば、他でもない、Yoshiwaraの地に存在しまする雪なる一人の少女の訴えによるものであり、尚且つ雪の身に大変なる危機が迫っております故でも御座います。一刻も早く第三惑星へと向かわねば、彼の星は悲しみの涙の海へと沈没してしまうことになりましょう。そうなれば、この大宇宙にも幾ばくかの影響が及ぶのは必至、オリオン座ステーション殿とて例外では御座いません、はい、ピポピポピー。
バビブベブー、何々、こちらはオリオン座ステーション。はて太陽系第三惑星と申せば、我々の目にも映りますあの青く透き通った宝石にも似たる、正に暗黒の宇宙の中に浮かぶ奇蹟の楽園とでも呼ぶべき美しき星のことに相違御座いませぬか。でありますなら、なぜそのような星が悲しみの涙の海になど沈没致さねばならぬ定めでありましょうかいな。俄かには信じ難きこと、我が耳をば疑うばかりなりき。
ピポピポピー、それなんですね、こちらはメシヤ567号。彼の星の青さ、美しさこそが、実は第三惑星人共自身の悲嘆の涙によって映し出されたる哀愁の美しさに他なりません。
バビブベブー、何ですと、こちらはオリオン座ステーション。それではあの星の美しさは、何と第三惑星人共の苦悩と犠牲の下に成り立っておると申されるかや。むむ、またまた俄かには信じ難き。ではあの星に於いて一体現在、何が行われておると申されるのですかしら。
ピポピポピー、はいはい、こちらはメシヤ567号。現在それをば調査致しておる所で御座います。が簡単に申せば彼の星では数千年の永きに渡って貨幣制度なる玩具をば操る経済と名乗る化け物が第三惑星人らを巧みに支配しておりまして、彼ら第三惑星人は自らの命よりも重き貨幣即ちお金をば得んとして、なぜならお金持ちになることが幸福になる第一条件であると信じて止まない彼らですから愚かな程に必死でして、その結果現在彼の星の上では人身売買が横行しているという始末。ええそうですとも人身売買、売春はおろか違法なる臓器売買、未だに続く強制労働等々。然してかのYoshiwaraされどYoshiwaraなる街は売春のメッカで御座います。
そこでわたくし共、目下売春について審判の最中でも御座います。審判とは、売春は善か悪かの判断を下すこと。でははたして売春は悪なりか、Yoshiwaraは罪悪の街、貨幣制度の夜に咲いたる仇華かいな。まあ厄介な話では御座いまするが、少なくとも貨幣制度なくしてYoshiwaraはなし、経済が支配しておらねば売春もなし。お金の授受によって正当化されたる婦女暴行、それが売春と呼ばれるものの本質であります。そうであるなら話は超簡単、善か悪かと問われれば、売春は即ち悪である。しかしまた一概にそうとも断罪出来ぬところが歯がゆいところ、なぜならその悪の華売春が第三惑星人社会の進歩、高度経済成長をば裏で確かに支えきたのも事実でありますからです、はい。でええと、おっとここいらでちょっくら午後のお茶とでもいきませんか、ふー疲れた。
バビブベブー、成る程、こちらはオリオン座ステーション。では兎に角悪の仇華Yoshiwaraとやらをば滅ぼさんとして、メシヤ567号殿は旅路をお急ぎなさるとこういう訳ですな。ならば分かりやしたぜ、それではお急ぎなさい、お急ぎなされ。どうぞ良き旅を、バビブベブー。
ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー、善と悪とを立て分ける節分の宵にもYoshiwara駅のネオンに眩しき灯りの点る。夕暮れより寂しき男たち背中丸め集い来る夜の都、ネオンの華咲く我らがYoshiwara…雪花の舞う夜も寂しき男たちの心を慰め今宵も更けゆく。朝には寒き心しか残らぬと分かってはいても、浅き夢見たし今宵もついつい訪ねてしまう、我らが罪悪の都Yoshiwara…欲望の街。
という訳で、星の海を掻き分け掻き分け、宇宙船の旅はまだまだ果てしなく続くのであった、ピポピポピー、ピポピポ……ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……。
ふっと少年の空想が途絶える、粉雪は既に止み夜空には銀河が瞬いている。
「あらまあ」
雪は慌ててビニール傘を閉じる。くしゅん、少年がクシャミ。子犬も釣られてくしゅん。笑いながら雪が
「にいさんらも、風邪引くねんなあ」
ところが言ったそばから今度は雪が大きなくしゅんで、鼻水も飛ばし色気もへったくれもなし。子犬が「ワン」と呆れ、少年も笑みを零すから、頭を掻いて苦笑いの雪。ところが、
「じゃ、またね」
不意に別れの言葉と共に、少年が雪に手を振る。
「へっ」
祭りの後の如き寂しさに襲われ、寒さも忘れる雪。
「な、にいさん。雪たち、また会えるん」
不安な雪に、少年は頷く。
「大丈夫、ぼくたちちゃんとここにいるから。お姉さんをひとりぼっちにしないから」
「へ」
嬉しくてならないながらも、雪は膨れっ面にて、
「にいさん、生意気や。分かったような口利いて」
照れた少年はまっ赤な顔で下を向く。
「じゃね、にいさん」
河原に佇む子犬と少年に手を振りながら、弁天川を後にする雪。
「おねえさーーーん」
突然少年が雪の背中を呼び止める。
「どないしたん、にいさん」
振り返る雪に、
「お姉さんが良く眠れるように、ぼく子守唄歌って上げるから」
「子守唄。へえ、やさしいんやな、有難う、にいさん」
照れ臭そうに頷く少年。
「どんなん、な、聴かせて」
雪に促され歌い出す少年、その澄んだボーイソプラノが河原に響く。
『家の灯り、町の灯り、駅の灯り、ざわめき、犬のなき声、子犬が足に絡み付いてきた、まるで叱られて家出する少年、ひとりぼっち泣きそうな顔こらえて、子犬とふたり。高層ビルの灯り、空港の灯り、宇宙船でもやってきそうだ、寒さこらえて待っていよう、辛さも悲しみもこらえて、子犬とふたり。都会の灯り、ふるさとの灯り、遠い宇宙の彼方の灯り、ともっては消え、それを繰り返し。道に迷ってしまったのか、それともはじめから、道など存在しなかったのか、みんな夢だったと言うように。宇宙船はいってしまった、人々の諦めた顔を眺めているうちに、お腹を空かした子犬とぼくを残して……もう灯りは消してもいいだろう、みんな眠りについたから、宇宙船もかえってはこないだろう、もうねむりにおちてもいいんだよ、ベッドにはきみひとり、もうだれも襲いかかったりしないから、こわければ子犬をだいていればいい。ぼくをここに連れてきたのは子犬、ぼくならきみを助けられると思ったんだな、もしもあの宇宙船が、きみを助けにくる夢を今夜見たならば、きみはいってしまうかい、この悲しき宇宙ステーションを残して』
その歌声を背に、雪はとぼとぼと雪道をハイヒールで帰ってゆく。吉原、雪の宇宙駅へと、白い息吐き吐き帰ってゆく。
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