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【新作落語】居抜き物件

中年「ああ、話し込んでたらこんな時間になってもうたわ。腹減ったなあ。けどこの辺は何も食いもん屋ないからなあ。…あれ?ここのガソリンスタンドの跡地…事務所に明かりがついて、ラーメンの提灯出とるがな。ああ、これはあれやな、元の店舗を利用して、居抜きで店を出しとるんやな。こりゃ、ええわ。ラーメン食うて帰ろ(扉を開ける)こんばんわあ」
店主「(泣いている)」
中年「うっわ…めっちゃ面倒臭そうな店に入ってもうた…。なんでいきなり店主が泣いとんねん…」
店主「あ、い、いらっしゃいませ」
中年「泣いとるとこ悪いんやけど、ラーメン食べたいんや。いけるかな?」
店主「あ、はい、勿論いけます。ラーメン屋ですから、はい。(思い切り鼻を噛む)」
中年「ちゃんと手、洗ってや…」
店主「あ、はい。勿論です。(勢いよく水が噴出する)」
中年「うわ!なんちゅう勢いの水道や。ここまで水が飛び散ってきたがな」
店主「あ、すいません。これ高圧洗浄機を改造したんですが、加減が難しくて」
中年「高圧洗浄機ってそれ、タイヤ洗うやつと違うか?」
店主「はい。ここは、元スタンドなんで。使えるものは使っていこうと」
中年「いやなんぼなんでも、タイヤ洗う勢いで手えとか皿を洗ったらいかんやろ」
店主「パワーはありますよ?」
中年「ありすぎやろ。なあ、…大将、さっき、泣いとったの、店が流行らんからと違うか?」
店主「えっ!どうしてわかるんですか?」
中年「むしろわからん方がおかしいやろ。見た所わしよりだいぶ若いな。店出してどのくらいになんの?」
店主「まだ一ヶ月なんですけど、お客さんは一日平均二人ですね」
中年「商売になってないやないか」
店主「はい。もう店を畳もうと思っていまして…。ここで光り輝いてた頃の自分と重ねると、なんて惨めなんだろうと…涙が(鼻を噛む)」
中年「ああ、もうそれで洗いなや。水バーッ出るさかいに。で、何?ここで光り輝いてたってどういうこと?」
店主「あ、私、元のガソリンスタンドの店長をやっておりました」
中年「ああ、それで、居抜きで今度はラーメン屋を始めたんやな」
店主「本当はスタンドを続けたかったんですけど、ほら、今は、何でもアレでしょう」
中年「何でもアレって何やねん」
店主「ほら、あの、憎たらしいシステムですよ…セで始まってフで終わるアレですよ…」
中年「…専業主婦?」
店主「違いますよ!セルフ!セルフシステムのお店ばっかりになって、うちのスタンドは開店休業状態、とうとう会社は倒産しました。私はなけなしのお金で跡地を借りてラーメン屋を始めたんですが…またしても…」
中年「またしても何や?」
店主「同じ時期にこの先の道でね、セルフのうどん屋が開店したんですよ!おかげでうちはまた同じく誰も寄り付かず…」
中年「しまった、そっち行きゃ良かったな…」
店主「私は絶望しました。セルフセルフセルフ。世の中みんなセルフ。そんなにセルフが良いのかと。もう人はいらないのかと」
中年「まあ確かにスーパーのレジとかな。今みんなそういうふうになっていっとるけど、この店が流行らんのはそれとは違う思うで?」
店主「もういいんです。諦めます。あなたが最後のお客さんです。精一杯ラーメン作ります。けど、出来ることなら…」
中年「出来ることなら、なんや?」
店主「ラーメン屋じゃなく、このスタンドの、最後のお客さんになってもらえませんか?」
中年「スタンドって、わしは徒歩で来てるんやで?車じゃあらへんがな」
店主「いえ、普通にしてて結構です。私が勝手にスタンド風の接客をしますんで。ラーメンはしっかり作らせて貰いますご心配なく。そういうことでよろしいでしょうか?」
中年「そらまあええよ、ラーメン食わしてくれるならな」
店主「ありがとうございます。じゃ、あの、入ってくる所からやり直して貰えますか」
中年「なんでやねん入ってくる所って。面倒臭いなあ」
店主「やってほしいなあ…(泣く)」
中年「ああわかったわかった、泣きなや。入ってくる所からやったらええんやな。はいはい。どーもこんばんわー」
店主「ハイ!オーライ!オーライ!オーライ!ハーーーイ、オーケーでーす!」
中年「そういうことかいや…」
店主「ハイ、お客さん何にしましょう!」
中年「えーっとね、じゃあ、チャーシュー麺を一つ」
店主「レギュラーですか?ハイオクですか?」
中年「…それは普通か大盛りか言う事?じゃあ、レギュラーでお願いするわ」
店主「お客さん、体型からハイオク車だと思いますが」
中年「ほっとけや!血糖値気にしとんのやから!」
店主「ハイオク入れたいなあ…」
中年「わかったわかった。じゃハイオクで」
店主「ハイオク満タン入りま~す!」
中年「声デカいなあ。さっきと別人やで」
店主「これが天職だと思ってますんで。こちらオシボリでーす」
中年「ああ、ありがとう」
店主「(中年の顔を拭き始める)」
中年「わっ、ぷっ、おっ、なんや!」
店主「うちはフルサービスの店ですんで。しっかり拭きますよ!」
中年「いや、顔くらい自分で拭くがな!」
店主「どうか拭かせてください。こういうのは汚れてるほど拭き甲斐があるんですよ」
中年「人の顔に失礼なこと言いなや」
店主「ハイオーケーイ(脱がす動作)」
中年「わ!なんや!何いきなり人の服脱がせとんのや!」
店主「フロント終わったんで次はリアガラス拭きますね」
中年「背中や拭かんでええって!銭湯に来とんのと違うんやから!もうな、手ぇだけ、手ぇだけでええから」
店主「じゃあドアミラーだけ念入りに磨いときますねー」
中年「人の体を車に例えなや…」
店主「ハイオーケーイ。お客さん、吸い殻ありますか?」
中年「吸い殻や持ち歩いてないわ喫煙所で吸うから」
店主「何かゴミがあれば処分しますよ」
中年「いや、持ってない。ゴミ持ち歩かへん」
店主「何か捨てたい…最後に、車内美化に貢献したい…」
中年「ああ、わかったわかった。何か無かったかな…」
店主「お客さん、ポケットの膨らんでる部分、これゴミですか?」
中年「それ携帯電話や。それ捨てたら仕事にならんがな。…何か…何か無かったか…(財布を探して)あ、あったわ!…スーパー玉出のレシート」
店主「ハイお預かりしまーーす」
中年「もうそういうのはええから、はよラーメン。ラーメン作ってくれ」
店主「はい了解です。じゃあ、給油口開けて待っててくださいねー」
中年「給油口て…(口を開けて待つ)。まるでアホやがな!」
店主「(作りながら)給油口、開け忘れる人、多いんですよねえ。しっかり開けといてくださいね」
中年「食べるんやから口はオートメーションで開けるがな。もう、はよ作ってや大将」
店主「すいません、大将じゃなくて店長と、どうか呼んでくれませんか。最後なんで…」
中年「…店長、はよしたってや」
店主「かしこまりましたあ!はい、ハイオクお待ちどうさまでーす!」
中年「ああ、やっとラーメンにありつけるわ…ってこれ…。店長な、だいたいここまでの流れで予想は出来たけどな…スープ、ギットギトやなこれ!」
店主「満タンです。どうぞ!(ニッコリ)」
中年「いや、まあこってり系は好きやけどな…うわあ…ラードの海に麺が浮いとるでこれ…。いや、食べるよ食べますよ。(食べる)意外にイケるな…。せやけどなんか心の中にメーターが浮かぶわ…どんどん気になる数値が上がっとるような…」
店主「お客さん、給油の最中にね、一つお勧めしたいことがあるんですが」
中年「まだなんかあるんかいな」
店主「ホイールの洗浄とタイヤの空気圧の点検はいかがですか?」
中年「だからな、わし、人やから。車とちゃうから」
店主「靴を、靴を磨かせてくれるだけでいいんです!こう、汚れたホイールをね、磨いて磨いて、ピッカピカにするのが大好きなんです。最後にこれだけお願いします!」
中年「まあ…靴を磨いて貰うだけやったらそりゃええで。ほな、食べとくから勝手にやってや」
店主「ありがとうございます!はい、タイヤ点検入りまーす。(じっくり見て)……お客さん、これ交換をお勧めしますわ」
中年「余計なお世話や!」
店主「この先にシマダの靴屋さんがあるんでそこで両輪とも変えたらどうでしょう」
中年「いらんて。まだ履けるからこれ」
店主「だいぶ溝がすり減ってますよ。これ高速とか走ると危険なんで」
店主「わし高速道路を走らんから。だいたい自分の足で高速道路走る人おらんから」
店主「では、精一杯、拭かせて貰います」
中年「ガソリンスタンドの跡地でラーメン食べながら靴磨いて貰うとは思わんかったで…」
店主「はいタイヤ、オーケーイ」
中年「おお、たしかにボロ靴の汚れがピカピカになったわ…大したもんやな」
店主「サービスするのが好きな性分なんでしょうね…。お客さん、ありがとうございました。今日はこのスタンドの、良い締めくくりになりました。お代の方は結構ですんで」
中年「いや、まだや」
店主「えっ?」
中年「こうなったらな、乗りかかった船や。わし、このラーメン、スープまで全部飲み干して行くわ」
店主「いやいや、それ全部飲むと体壊しますよ!?」
中年「あんたが作ったんやないか(スープを全部飲み干す)。はああー!どうや!これでどうや!」
店主「(涙ぐんで)満タン、入りましたー!」
中年「ああ…一年分くらい給油した気がするわ…。ほんで店長、あんた、ここを閉めてこれからどないする気や?」
店主「何も決めてないですね…。こんな無人化ばかりの世の中で、私はいらない人間ですから…」
中年「いやそんなことはないで。無人化いうのにも限界がある」
店主「そうでしょうか…」
中年「あんたの思い出作りにえらい付き合わされたけどな、人と関わりたいというのは、ようわかった。どや、うちに来んか?」
店主「えっ。…えーっと、どう言えば…タイプじゃないんで」
中年「違うがな!わしはこういうもんや(名刺を渡す)」
店主「介護付き老人ホームこもれび代表取締役・西啓一…社長さんだったんですか」
中年「そうや。今は人手が足らん。うちのスタッフになって働かんか?」
店主「えっ。いや…ありがたいお話ですが、私に務まるでしょうか…」
中年「やる気があったら出来る。何でもやる気次第や」
店主「私、やたら声が大きいですけど」
中年「大きい方がええ。耳の遠い人が多いからな」
店主「いきなりオシボリで身体拭きましたけど…」
中年「そら入浴介助で隅々までしっかり拭いてあげたらええ」
店主「ゴミを捨てないと気が済まないんですが…」
中年「施設の清掃、大いに結構」
店主「やたらタイヤとか交換したがりますけど」
中年「よう気が付いてオムツ交換してあげたらええのや」
店主「…わかりました。こんな私で良かったら、働かせてください」
中年「よろしく頼むで。いくらセルフな世の中になってもな、最後の最後は人の手と、人の温かみの要る仕事が残るんや」
店主「はい。ありがとうございます。頑張ります」
中年「けどな、やるからには、しっかりやって貰わなあかん。前の仕事に未練を残して、ずっと同じ場所にしがみついて、無駄話をしとったらあかんのやで」
店主「勿論です。もう、ここで、油は売りません!」

(終)

【青乃家の一言】
寄席は都市の文化だと思うので、新作にも都会の足である電車がよく登場するような気がします。しかし地方民にとってはなんといっても自家用車が足。ちょっと寂しいローサイドが舞台のこんな噺はいかがでしょうか?
口演していただける方、お待ちしております。