【新作落語】コンビニふくろう
伊藤「店長、お疲れ様でーす」
店長「伊藤くんお疲れ様。悪いね、急に深夜勤の交代に来てもらって」
伊藤「別にいいですけど、それより店長、ゴミ箱の掃除してくださいよ。あのコンビニ不潔だってまた言われますよ」
店長「ああ、すまんすまん、つい忘れる」
伊藤「もう、僕が片付けますから、店長は上がってください。何か用事あるんでしょ?」
店長「用事はある。君にある」
伊藤「僕に?これからシフト入るんですけど」
店長「だからそのシフトの間にね、頼み事があるの」
伊藤「なんすか?もう発注ミスのバナナ売るの嫌ですよ。なんで一日に百本も入荷するんですか。ゴリラの街ですかここは?」
店長「そんなミスはもうしないから。あれから一週間三食バナナで大変だったんだから」
伊藤「そのバナナの皮をポイポイポイポイその辺に置いとくからまた不衛生に…」
店長「すまんすまん。そうじゃなくて、あの、深夜勤に新しいバイトの女の子が入ったって言っただろう?」
伊藤「ああ、はい。良かったですね。かなり長いこと店長ワンオペだったから」
店長「そのバイトの女の子がねえ…あの、笑わないでくれよ?」
伊藤「笑いませんよ」
店長「怒らないでくれよ?」
伊藤「怒りませんよ。なんですか一体」
店長「……ふくろうじゃないかと思うんだ」
伊藤「(悲しそうな顔をする)」
店長「あ!今、悲しんだね!?笑っても怒ってもないけど、悲しんだね!?」
伊藤「…店長、今日はもう早く寝て下さい。で、明日、うちの近所に良い病院があるんで」
店長「正気だから!俺は正気だから!あのね、これから来るからその子が。伊藤君にね、判断を仰ぎたいの。その子の正体がふくろうなのかどうなのかを!」
伊藤「ふくろうって…。その女の子、名前なんていうんですか」
店長「森さん」
伊藤「…その森さんの、どこをどう見てふくろうだと思うんですか?」
店長「……目が大きい」
伊藤「目が大きい人がふくろうなら、仲代達矢だってふくろうですよ!」
店長「ああ…ふくろうかもしれない…」
伊藤「しっかりして下さいよ!他にはどんなところが?」
店長「やたらに……物知り」
伊藤「物知りがふくろうなら、タモリもふくろうじゃないですか!」
店長「タモリは…イグアナかなあ」
伊藤「夜中もやってる病院へ行きましょう」
店長「正気だっつーの!もう、森さん来るから。俺ね、裏の駐輪場にいるから、君の意見を聞きたいの。ね、頼むよ。それじゃ(去る)」
伊藤「…大丈夫なのかな店長。そんなわけないじゃん…。どこの世界にコンビニで働く…」
森「おっはようございま~~す!」
伊藤「うーわびっくりしたあ!」
森「あ、ごめんなさいね」
伊藤「い、いつの間にそこにいたんですか」
森「あ~、あたしちょっと無意識に気配を消しちゃう所がありまして。深夜勤の森ひとみです。よろしくお願いします~」
伊藤「店長のピンチで入った伊藤です…」
森「お仕事頑張りましょうね!(客相手に)はい、いらっしゃいませ!唐揚げの五個入、二百八十円です。はいどうぞ、ありがとうございました~」
伊藤「…森さんって、深夜勤なのにずいぶん元気ですね」
森「あ、私、超超超夜型なんですよ。昼間はもうずっと寝てますからガッツリと」
伊藤「超超超夜型ですか…」
森「伊藤さんは昼勤のあとに深夜勤とか平気なんですか?」
伊藤「あ、多少は大丈夫です。中高と野球部だったんで、体力には自信あるんですよ」
森「ホ~~(ふくろうの鳴き声で)」
伊藤「……えっ」
森「あ、いえ感心したんですよ。凄いですね野球部。ポジションはどこだったんですか?」
伊藤「最初はピッチャー目指してたんですけど、内野手にコンバートされて」
森「ホーホー」
伊藤「ショートで七番を打つようになって」
森「ホーホーホー」
伊藤「なんとか高校二年三年でレギュラー務めました…」
森「ホ~~~~~(拍手)」
伊藤「…森さん、野球、詳しいですか?」
森「そうでもないんですけどね、野球といえば明治四年に来日したホーレス・ウィルソンという米国人が東京開成学校予科、まあその後に東京医学校と統合されて東京大学の前身になるんですけど、そこで紹介した“打球鬼ごっこ”これが日本国のベースボールの起源と言われておりますね」
伊藤「…そんなことよく知ってますね」
森「たまたまですよ。ホッホッホッ。あ、野球といえば大谷翔平さんの飼ってるワンちゃんの名前知ってます?」
伊藤「たしか…デコピンですよね」
森「そう!デコピン。可愛いですよね~」
伊藤「犬ってみんな可愛いですよね」
森「可愛いよねえ。食べちゃいたいくらい!」
伊藤「えっ」
森「あ、あたしウォークインでドリンクの補充をして来ますね~(去る)」
伊東「お願いしまーす。…(独り言で)匂わせすぎだろオイ…ワザとなのか…天然なのか…」
庄司「(入ってきて)おっ、伊藤じゃん!」
伊藤「いらっしゃ…しょ、庄司先輩」
庄司「(酔っている)なにお前、こんなとこでバイトしてんの?就職しろよ~お前。バイトじゃ飲み歩く金もねえだろ?俺が口利いてやろうかあ?」
伊藤「いえ、あの、大丈夫です…」
庄司「相変わらず声が小せえなあ~お前。ああ、マルメラくれ」
伊藤「マルメラ?タバコですか?…えーっと…すいません、番号でお願いできますか」
庄司「あ?番号なんか知るか。早くしろよ。お前またチンタラしやがって。マルメラ出せよ早く!マルメラ!」
伊藤「ええと、マルメラ…マルメラ…」
森「(戻ってきて)伊藤さんマルボロライトメンソール87番です!」
伊藤「あ、はい!六百円になります」
庄司「…おう。店員なら覚えとけよお前」
森「あのね、お客さん、番号を言って貰ったら次からスムーズに出せますので」
庄司「誰だよこのチビ女、偉そうにすんな!」
森「だいぶ酔っておられますねえ。他のお客様のご迷惑になるので、お静かに…」
庄司「うるせえよ!なんだよ。ギロギロした目で見るんじゃねえよ!(タバコを取り出す)」
森「あ、ここでタバコはダメですよ。外に喫煙所がありますんで。こっちでーす」
庄司「なんだてめえ。なに押してんだコラ!」
伊藤「も、森さん、大丈夫ですか!?」
森「(首を270度曲げて振り返り)大丈夫よ~※首の演出は羽織を使って下さい」
伊藤「今、首、真後ろ向いてなかった!?そうなの!?あの子やっぱりそうなの!?」
庄司「(店の外から)グギャーーー!!」
伊藤「えっ!何っ!先輩の悲鳴!?」
森「(戻ってきて)あ、もう問題ないですよ」
伊藤「な、何があったんですか!?」
森「あの酔っ払いしつこいんでね、ちょっと脅して追っ払いました」
伊藤「…森さん、強いんですね。あの人、僕の野球部の先輩で、ずっとシゴかれてたんで、大の苦手なんです。ありがとうございます」
森「あんなの大したことないですよ。ちょっと足で引っ掻いたら」
伊藤「足で!?」
森「グギャーなんて言って。もう、ホウホウの体で逃げていきましたよホッホッホッ」
伊藤「…森さん、僕、緊張して喉が乾いちゃって、ちょっと休憩してきていいですか?」
森「どうぞどうぞ」
伊藤「(裏の駐輪場に移動し)店長、店長」
店長「おお、伊藤君、どうだった?」
伊藤「あの子…99%…ふくろうです!」
店長「だろう!」
伊藤「いや、まだ1%は疑ってますけど…あの子、どこから来てるんですか?」
店長「履歴書の住所では市内に住んでるらしい。原付に乗って来てるよ」
伊藤「原付?ふくろうなら飛んで来ません?」
店長「俺に言われても…この原付だけど」
伊藤「アッ…今、百%、確信になりました…」
店長「なになに?なんで?」
伊藤「この原付…ナンバーが296です!」
店長「えっ、それが決め手なの!?」
伊藤「店長、なんでふくろうが人間の女の子に化けてコンビニでバイトしてるんですか?」
店長「知らないよ!こっちが聞きたいよ!」
伊藤「考えられるのは…恩返しじゃないですか?怪我したふくろう助けたことあります?」
店長「無い!全く無いんだよこれが!」
伊藤「じゃあ…逆に、復讐とか?ふくろうをいじめたことあります?」
店長「それも無いよ!無いんだけど、高尾山にハイキングに行った時、鳥の卵を見つけて、興味本位で茹でて食べたことは、ある…」
伊藤「それですよ!仇討ちじゃないですか!人間に化けて忍び込んで、隙を見て爪でザックりやって、生きたまま肉を啄む気では…」
店長「やめてくれよお。なんでうちの店に人間に化けたふくろうが…」
森「どうやら、気付かれたようですね…」
伊藤・店長「うわあ!」
森「(正体を現して)バサバサッ…今は何をか包むべき。我武蔵野の森に年経たる鴟梟なり」
店長「ふくろうだ!なんか言葉も変わった!」
森「いや普通に喋れるんですけどね。せっかく正体現したのでちょっとカッコつけてみたんですけど。ホッホ」
店長「あの、ふくろうさん、ほんとにね、卵を食べたのは出来心だったんです!…どうか許してください」
伊藤「僕からもお願いします。店長、だらしないし、ハゲてるし、時給上げてくれないし、この年で独身だし、ハゲだし、廃棄弁当を一人で六人前食べるような欲望まみれのデブだけど、悪い人じゃないんです」
店長「伊藤君、それ言いすぎじゃない?あとハゲってニ回も言ったよね!?」
森「…あの」
店長「はい!すいません!」
森「私、別に店長にも誰にもね、恨みも恩もありませんので」
店長「えっ、じゃあなんで、うちの店に…」
森「私ね、きったないコンビニをね、人間に化けて渡り歩いてるんですよ」
伊藤「なんでそんなことしてるんですか?」
森「よく太ったネズミがいるんですよ。森で捕まえるより全然楽だし美味しいのね」
店長「ああ…そういうことなの…」
森「このお店もね、ネズミが商品棚を走り回ってる動画がユーチューブに投稿されてて」
伊藤「ふくろうユーチューブとか観るんだ…」
森「ここはまるでディズニーランドだとかコメントで言われててね、あたしそれ観て美味しそうだな~と思って」
伊藤「ある意味、夢の国だったんですね…。だから清潔にしろって言ったんですよ店長…」
店長「すまん…でも最近は出てないんだよ?」
森「あたしがあらかた食べましたから。お店も清潔になってウィンウィンでしょ?」
店長「どうもありがとうございます…」
森「でもねえ、あたしいつも完璧に化けてるんですけど、大体一週間くらいで気付かれるんですよね~。鋭いですね人間って」
伊藤「いや結構、バレバレっスよ…」
森「ホッホッホッ。じゃあ、このお店もそろそろお暇しますね。あの、あたしに関する記憶だけ術で消させてもらいますんで」
店長「そんな便利なことできるんだ…」
森「あ、伊藤さん、ついでにあの、苦手な先輩の記憶も消しましょうか?」
伊藤「えっ。そりゃまあ、可能なら」
森「できますできます。店長も何か消しますか?九九の二の段とか消しますか?」
店長「やめてよ!計算できなくなるでしょ!」
森「ホッホッ。ではいきますよ…ホホホイのホイッ(術をかける)…じゃ、またね。バサバサッ(去る)」
店長「…あれ?何をしてたんだろう、俺?」
森「あれれっ…店長、店は…?」
店長「あっ、いっけね!(店内に戻る)。わっ。け、警察?警察が来てる?」
警官「失礼します、店長さんですか?」
店長「はい。私が店長ですけど…」
警官「さっき路上で職務質問した男性が、こちらの店で傷害事件に遭ったと話すもので」
店長「傷害事件?伊藤君、そんなのあった?」
伊藤「いや、何も起きてないですよ」
警官「おーい、君、入って」
庄司「(入ってきて)あ、伊藤!あの女の店員出せよ!あいつ、バケモノだぞ!」
伊藤「えーっと…あなたは、誰ですか?」
庄司「伊藤てめえふざけてんじゃねえぞ!」
伊藤「いや、僕この人知らないです」
庄司「伊藤――っ!」
警官「君やっぱりだいぶ酔ってるね。話の続きは署で聞こうか」
庄司「違う、違うんだよ!本当にバケモノが居たんだってここに!おい、伊藤、出せよ!」
伊藤「何を出すんですか?」
庄司「ふくろうを出せーーっ!!」
伊藤「(ピッ、とレジ打ちして)ふくろは一枚、三円でーす」
(終)
【青乃家の一言】
2024年の新作落語台本募集に応募した噺です。元々は「ふくろうの女房」みたいな時代物を考えていたのですがあまり膨らまず、寝かせておいたら「じゃあ深夜のコンビニでフクロウが働いていたら面白くなるのではないか?」と思いついたので書きました。
後半、話の辻褄を合わせるために展開が強引になった嫌いはありますが、会話のやり取りは割と気に入っております。使っていただけたら嬉しいです。もしご希望があれば時間短縮版も書きますのでお知らせください。