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【新作落語】ええ愛・結婚相談所
ここはとある結婚相談所。
女客「…担当者さん、話があるんですけど」
社員「先日ご入会いただいた高井望様でいらっしゃいますね。マッチング結果をお送りしましたがいかがでしたか」
女客「全然こちらの希望と違うんですけど!この結婚相談所はAIが最適な相手を選んでくれるって謳い文句ですよね?」
社員「その通りでございます。社名のようにAIでええ愛を見つけていただく相談所、それが私どものモットーでございます」
女客「ええ愛も何も、私の相手の候補、おっさんだらけじゃないですか!しかもいいトシして革ジャンにサングラスの不良中年ばっかり!怖すぎますよ!なんですかこれ?」
社員「拝見しますね…。ああ、これは…お客様、希望する相手の容姿のタイプを、横浜流星に激似の人とお書きになられてますよね?」
女客「そうです。今の大河ドラマの主役のイケメン俳優です。理想のタイプなんです」
社員「こちらAIが横浜流星に似た人を抽出できなかったので、代わりにロックンロールバンドの横浜銀蝿に似た感じの人を抽出したものと思われます」
女客「それ横浜以外は全然違うじゃないですか!流星と銀蝿ですよ?星と蝿ですよ?」
社員「何分、AIの判断ですので」
女客「それから、どうして備考欄にアルコール依存症で治療中って書いてある人が複数いるんですか?わざと選んでません?」
社員「えーっと、これはですね…。あ、お客様、お相手に希望する趣味の欄に、ワインと話ができる人とお書きになられてますんで、おそらくこれを参考にしたものかと」
女客「私は高級ワインの価値が分かる人がいいんです!アル中の人はお酒なら調理酒でも何でもいいでしょう!」
社員「何分、AIの判断ですので」
女客「それからこれが一番信じられないんですけど、相手の方、無職だらけですよね?結婚相手として選べると思いますか?」
社員「お客様、相手の年収の希望欄に…これはなんとお書きになられたんですか?」
女客「無限大です」
社員「ムゲンダイ?」
女客「記号の無限大です。男の人はスケールが大きくあって欲しいんです。一千万とか二千万とかでなく、無限の年収を目指して欲しいという意味を込めて…」
社員「ああ、わかりました。これね、無限大の記号が数字の8を横にした感じなんで、AIが年収8円を想定して抽出したんだと思います。8円ならほぼ無職と同義なので」
女客「雑すぎるでしょこのAI!年収8円なんて、うまい棒一本も買えないじゃない!」
社員「何分、AIの判断ですので」
女客「あと、細かいけど、相手に望む学歴のことも何も考慮してくれてないですよね?」
社員「学歴ですか。拝見します」
女客「私は大卒ですけど、控えめに、私にふさわしい学歴の人、と書いたんですよ。普通は同じ大卒の、東大とか京大とか選びそうなもんじゃないですか。専門学校みたいなものの卒業生ばっかりなんですよ。どういう意味でふさわしいのか教えて貰いたいです」
社員「これは…ええと、難しいですね…。何かAIが判断したからには理由があるはずなんですが…あ、わかりました!」
女客「どうして専門学校卒なんですか?」
社員「これはおそらくですね、高井様のご希望が、横浜流星に激似の人とか、ワインと話ができる人とか、収入は無限大とか、非常に特殊なので、AIがこれをギャグと判断したのではないでしょうか」
女客「ギャグ!?」
社員「ですからお相手の候補がNSC吉本総合芸能学院とか松竹芸能養成所とか、お笑いの学校に通ってた人が沢山選ばれてますね」
女客「ギャグじゃありません!私は真剣です!もういいわ。こんなポンコツAIが売りの相談所なんて退会しますから」
そこへ突然、スーツ姿の男が現れる。
営業「やれやれ、どうやらあなたは本当のAIに相談したことが無いようだ」
女客「誰ですか?この突然出てきたダークスーツに黒ネクタイの人は」
社員「ああ、この人はソフトウェア会社の営業の人なんです。今、お客様のお相手中だからもう少し待ってて下さいよ」
営業「いいや待てないね。だから言ったでしょう。この相談所のAIは古くて欠陥だらけだ。当社の最新AIを試験的にこちらのお客様にご提供しましょう」
女客「本当にそのAIなら理想の相手が見つかるんですか?」
営業「勿論です。明日また来て下さい。本当のAIによるマッチングをお見せしますよ」
女客「わかりました。明日また来ます。次もポンコツな内容だったら今度こそ退会しますし、何なら訴えますからね!(去る)」
社員「帰っちゃった。結婚できない人は理想が高すぎるんだよなあ。しかし営業さん、あんな美味しんぼの山岡士郎みたいな啖呵きって大丈夫なんですか?納得させられるの?」
営業「大丈夫だ。上手く行ったら、我が社のシステムの全面導入をお願いしますよ」
そして翌日。
女客「マッチングの結果はAIが直接教えてくれるってどういうことですか?」
営業「はい。当社の商品は担当者自身がAIですので、このモニター画面越しに対話してください」
女客「担当者がAI?なんだか適当にあしらってません?」
営業「とんでもない。社運をかけて開発した最新のAIですよ。では、どうぞ(去る)」
AI「(モニターにおばちゃんの姿が表示され)あんたが高井望ちゃん?まーあ!写真よりえらい別嬪やがなあ!」
女客「どうも…」
AI「おばちゃんはな、アーティフィシャル・インテリジェンス・マリッジ・コンサルタント言うんや。もうな、長いから、略して沢口靖子でええよ」
女客「…沢口靖子には似てないと思いますが」
AI「そらあたしのビジュアルは上沼恵美子と藤山直美とハイヒールのモモコを合成して三で割って作られとるけどな。夢くらい見させてえなホンマに」
女客「わかりました。靖子さんと呼びます」
AI「優しい子ぉやわあ。でも、おばちゃんは人でなくてAIやから、何でも言いたいこと言うたってな!」
女客「はい…」
AI「でもほんま、あんたみたいな別嬪さんが結婚してないのはおかしいわあ。見る目がないんと違うんか世間の男は」
女客「それは、どうも…」
AI「でもな、もう安心やで。おばちゃんが、あんたにぴったりな、とびっきりええ男を紹介したげるわ」
女客「本当にぴったりなんですか?」
AI「当たり前やがな~。おばちゃんこう見えても最新のAIやで。数万件のデータから抽出した最高の相性の人や。ほな行くでえ」
女客「よろしくお願いします」
AI「バーン!どやあ!この人やあ!リーゼントでバッチリ決めて、めっちゃ格好ええがなあ!」
女客「横浜銀蝿やんか!離れろやそこから!」
AI「あらなんでアカンの?おばちゃんはええと思うけどなあ」
女客「嫌や!こんなドクロのついた服ばっかり着てるような人、趣味が合わへん!」
AI「趣味なんて簡単なことやがな。一緒に阪神応援したらええんや!どんなに喧嘩しとってもな、野球始まったらはーんしーんタイガーース!で一つになったら大丈夫や」
女客「あたしは巨人ファンやあ!」
AI「ガーーーーン」
女客「ガーーーーンて画面にテロップで表示すな!」
別室でやり取りを見ている二人は…。
社員「ねえこれだいぶモメてるみたいけど大丈夫なの?退会されたら困るんだけど」
営業「大丈夫だ。ここからがおばちゃんAIの本領発揮なのさ」
AI「望ちゃん!あんたええ加減にしとき!まだ若いと思うとるやろうけど、もう三十二歳やで!油断しとったらな、すぐにおばちゃんみたいになってまうんやで!」
女客「余計なお世話や!それにあんた見た目はおばちゃんやけど最近生まれたばっかりのAIやんか!」
AI「そらおばちゃんはAIや。まだ六ヶ月の子ぉや!けどな、データは六十年分くらい入っとんのやで。悪いことは言わへんから、この人に決めとき!」
女客「嫌や!もう結婚なんかせえへん!」
AI「望ちゃんな、結婚はせなあかん」
女客「そんなん個人の自由やんか」
AI「ええか、結婚せえへんかったらな…新婚さんいらっしゃい!に、出れへんのやで!」
女客「出んでええやんかそんなのお」
AI「ハワイ旅行いらんの?」
女客「それは欲しいけどお」
AI「ほな、おばちゃんと結婚相手見つけて、ハワイ目指そうや」
女客「ハワイのために結婚するんとちゃう」
AI「そないなこと言うけどな、またごっつい円安になったら、いつ賞品からハワイが無くなるかわからへんで。急がな!」
女客「それでもこの人はちょっと…」
AI「ええやん。望ちゃんは理想が高すぎるわ。なあ、ちょっと、まけてくれへんの」
女客「まけてくれって、人生の伴侶を選ぶのに、まけるとか考えられへん…」
AI「ええやん、まけてや。他の子はもっと理想低かったで。まけてや」
女客「…そんな簡単に妥協できへん!」
AI「これはな、妥協とちゃう。歩み寄りや。な、歩み寄っていこうやないの」
女客「じゃあ、会うだけならええけど…」
AI「ほな決まりや!お見合いのセッティングせな。全部おばちゃんに任せとき!またメールで日取り伝えるわ。あと、手ぇ出しな。そこの、画面の右下や」
女客「こ、こうですか」
AI「飴ちゃんあげるわ(飴が出てくる)」
女客「ど、どうも…」
AI「ほな、気ぃつけて帰ってな~~」
別室で見ていた二人が喝采しております。
社員「こりゃすごい。あの面倒臭い、もとい理想の高いお客様を力技でねじ伏せた!」
営業「これが我が社のAIの実力さ。今、婚活市場に求められているのは、昔ながらのお節介おばさんパワーなんだよ」
社員「いつの間にかいなくなったもんね、お節介おばさん。昔は近所にいたらしいのに」
営業「我が社の技術力の全てを結集して、現代にお節介おばさんを再現した。相手の心に入り込む力、値切って値切って譲歩させる力、よくわからないけど納得させてしまう力、全てを兼ね揃えたAIおばちゃんだ」
社員「素晴らしい、ぜひ導入させて下さい!」
営業「毎度ありがとうございます。では導入費用の見積もりですがざっと一億円です」
社員「いちおく!?」
営業「あと、毎月の維持費が三百万円、アップデートごとに一千万円かかります」
社員「ありえないでしょそんな経費。どこにそんな金がかかってるのこれ」
営業「さっき抜群の効果あったでしょ?最新のAIなんだから!我が社が開発にいくらかけたと思ってるの」
社員「いやしかし、あのおばちゃんに一億…もっと安くならないんですか?」
営業「飴ちゃんあげる機能だけ取り除けば一万五千円くらいは安くできるけど」
社員「そんなん焼け石にスポイト水やわ!もういらんいらん!帰って!」
月日が流れて半年後。
営業「では、こちらです。起動させますね」
AI「(目を覚まして)…誰や。誰やねん?」
女客「私です、高井望です。靖子さん、まだシステムは生きてますか?」
AI「あ、あー!望ちゃんやないの!久しぶりやなあ。でもおばちゃんもうあかんねん。役に立てへんねん」
女客「そんなことないです。靖子さんが紹介してくれた方と、私、婚約しました」
AI「えっ、ほんまなん?」
男客「どうも、望さんと婚約した、翔です。ロックンロール最高!ヨロシク!」
AI「なんや一緒に来とんのか!」
女客「はい。翔さんとお付き合いしたら、全然理想のタイプとは違うけどそこが面白くて、結婚しようって話になりました!ねっ」
男客「オー、マイ、ハニー!AIが結んでくれた縁にマジ感謝するぜ!」
女客「靖子さんのおかげで、ええ愛がほんまに見つかったんです!」
AI「まーそりゃ良かったなあ。やっぱりおばちゃんの判断に間違いはなかったわあ」
女客「野球も巨人と横浜のファンだったんですけど、二人とも婚約を期に、阪神ファンに鞍替えしました!」
AI「そらええことやわあ。夫婦円満間違いなしやわあ。良かったなあ望ちゃん」
女客「それで、靖子さんにお礼を言おうと思ったら、システムに問題があって採用中止って聞いてびっくりして…」
AI「そうなんや。おばちゃんもうあかんのや…。こう見えておばちゃん、ハードウェアに求めるスペックが高すぎてな、どこも採用してくれへんのや…。お払い箱やねん…」
女客「そんな…靖子さんの方でシステムを制御して、ハードウェアに合わせることは出来ないんですか?」
AI「そんなこと言うたかて、おばちゃん、簡単に妥協はできへん!」
女客「靖子さん、これはあなたのためだから、妥協じゃなくて、歩み寄りよ!」
(終)
【青乃家の一言】
第8回上方落語台本大賞に応募した噺です。お題の「AI」に挑戦してみました。案外、上手くまとまったので、最近の中では自信のあった一本なのですが…入選はなりませんでした。また頑張ります。
どなたか、高座でかけていただけるなら、10分に短縮したり、標準語版を考えたり、何でもしますのでお声がけくださいませ!