鑑賞録 #36 「ブラックベリー」
💙 好みとの合致度:76%
- ストーリー:3/5
- 演技:4/5
- 音楽:3/5
- 興味関心:4/5
- ビジュアル:4/5
本作は「スマートフォンの発明に貢献したカナダ企業Research In Motion社およびそのプロダクトBlackBerryの急成長と衰退を描いた」映画作品で、Jacquie McNish氏、Sean Silcoff氏の共著「Losing the Signal: The Untold Story Behind the Extraordinary Rise and Spectacular Fall of BlackBerry」を下敷きに脚色されて作られたものだそう。
公式のあらすじからすでにネタバレというか「RIM社が急成長して終わっていきます」前提のネタバレも何もない作品ではあるが、ネタバレが嫌な未鑑賞の方は映画をご覧になってからまた本稿をご一読ください。
念のため。
BlackBerry
BlackBerryの日本での知名度はほとんどないが、(以前、別の記事で余談として書いたとおり)20代前半頃の私はBlackBerryを使っていた。
単純に日本のガラケーとは全く違う外見に惹かれたことが購入の理由で、それに関しては今でも好ましく思っているし、できることなら現役で使いたいとも思っている。
当時、周りにBlackBerryを持っている友人はおらず、仕事で関わることのあった外資系証券会社の人たちや頻繁に海外に行っている知人たちがちらほら携えているような端末だった。
iPhoneに乗り換えてかなり経つが、BlackBerryに対しては愛着がありすぎて今でも捨てることができない。
本作を観て懐かしくなり、引っ張り出して充電してみたらちゃんと起動したし。
本当は本体下部の余白に白文字で「NTT docomo」とロゴが入っていたが、端末のデザインの良さをぶち壊しかねないダサさを感じ、買ったその日のうちに除光液と綿棒で消し去った。
私の撮影技術が稚拙なせいでディスプレイの画質がカスカスに見えているが、画質も色もちゃんと綺麗である。
ディスプレイ部分は全面タッチパネルになっていて、キーボート側にあるホームボタンみたいなやつは普通に「決定ボタン」的な使い方もできるし、ThinkPadについている赤いやつ(トラックポイント)的な使い方も可能だ。
この外見のまま中身だけ2024年グレードにして出してくれたら普通に使うんだけど〜〜〜〜
技術の凄さより見た目
本作を鑑賞し終えて私が思ったのは、「……デザイナーは?」である。
BlackBerry誕生前夜のカナダ。
電話は電話、テキストの受信はpager(ポケベル)、テキストの送受信(メール)はPC、と通信手段ごとに端末を使い分ける必要があった1996年、携帯端末にPC機能をぶち込むなんて夢のような話だった頃。
そんな時代にPC機能を搭載した、しかも手のひらにすっぽりおさまるサイズの携帯端末を開発してしまうなんて物凄い革命だったに違いない。
しかし前述した通り、個人的に心を惹かれたのはBlackBerryの機能ではなく外見だ。
私がBlackBerryを買ったのは2011年発売のBlackBerry Bold 9900だが、日本ではその10年以上前からガラケーがあり、さらに2007年頃からはスマホが流通しはじめ、メールも電話もネットも音楽もカメラも1台で賄えるのがあたりまえ。
────私が惹かれたあのデザインは一体誰が?
映画に出てくるRIM社の技術者はこれでもかというほどコテコテのオタクたちで、ガジェットとしての設計にこそ強烈な美学を持っていても「スタイリッシュさ」のような面でのプロではない。
BlackBerryの概ねの変遷を並べた画像があった。
(BlackBerry Bold 9900は含まれていない)
最初はポケベル端末にQWERTYキーボードを付加したようなデザインだが、2つめでディスプレイが広く取られるようになって以降は(途中でガラケーみたいなのが挟まるものの)最後まで通底したものを感じられる。
ベースのデザインは踏襲しつつ、機能美だけではない高級感や重厚感を兼ね備えるようになった背景には「デザイン専門」人材の存在があるはずだ。
だから代表的なデザイナーとデザイン会議の様子くらいちらっと出てくるかと期待していたのだが、作中では技術と経営の栄枯盛衰にフォーカスが当たっているので、デザインについても技術面からしか言及されていない。
「気になるなら自分で調べろ」ということである。
日本ではマイナーだが流石に英語の記事なら名前くらいは触れられているだろうと探してみたところ、どうやらTodd Woodという方が(少なくともBlackBerry Bold 9900の)デザインに関わっていることが分かった。
Senior VP of Industrial Designという役職を訳すなら「プロダクトデザイン部門 上席執行役員」くらいの感じだろうか。
英語からカタカナ英語に訳す日本語の妙である。
個人的にはかなり好きなデザインが多いBlackBerryであるが、同社の激動の歴史を2時間の映画にするとなると……見せ場としては入れてもらえなかったのかもしれない。
エンタメナイズ
本作でメインとなる登場人物はRIM社の共同創設者で技術者のMike Lazaridis(マイク・ラザリディス)とDouglas Fregin(ダグラス・フレジン)、途中から入社した営業兼共同経営者のJim Balsillie(ジム・バルシリー)の3名である。
引っ込み思案でコミュ障気味だが確かな技術力と美学でもってBlackBerryを生み出すマイク、大雑把で幼稚で能天気だが仲間との信頼関係とムードメーカーっぷりで会社を盛り上げるダグ、信じられないくらい傍若無人で強欲で癇癪持ちだが営業の腕はピカイチのジム。
映画の中ではそんな感じのキャラクターとして描かれているが、「事実をもとに」と謳っていても山ほど脚色されてから世に放たれるのがエンタメというものである。
ジム・バルシリー本人や元従業員がインタビューに応えているが、たとえばジムは映画で描かれているほど破滅的な人格ではないし、NHLにかまけて会社のことを蔑ろにしてもいない。マイクはもっとフラットにiPhoneを受け止めていたし、新しい製品を頭ごなしに否定して自分の価値観に固執してもいなかった。
そして地味に面白いのはダグのあの強烈なキャラがほぼ全部創作だということ。
ジムについては「映画ではあまりにも誇張されている」、マイクについては「実際はもっとプロ意識が高くもっとオープンマインド」であるのに対し、ダグについては「いやもうあれダグとは全然違う」というコメントだったので思わず笑ってしまった。
本人や関係者の言葉が全て真実とは限らないが、上で引用した記事や動画(ジム本人と原作著者のジャッキーが出演している)を観てみてほしい。
少なくとも「事実を元にした映画 ≒ ノンフィクション」という思い込みを回避することができる。
映画「ソーシャル・ネットワーク」でもマーク・ザッカーバーグが陰気で身勝手な寂しい人間のように描かれていたが、「ブラックベリー」でも似たようなエンタメナイズあるいは脚色がなされているようだ。
余談だが、ソーシャル・ネットワークでしかマーク・ザッカーバーグを知らない人はぜひこのスピーチ動画を観てほしい。
当然会ったことも話したこともないのでどんな人かは知らないが、映画から受ける印象とマーク・ザッカーバーグ本人から受ける印象、違いすぎる😂
組織
組織・集団の運営というのは本当に難しい。
会社が続いていくためには売上を伸ばし、原価や販管費を賄い、税金を払い、利益を出し、投資し、資産を増やし、負債を減らし、知名度を上げ、顧客を増やし、さらに売上に繋げ……と金勘定の分野でも非常に苦心するが、人を扱うことにも同じくらい心を割く。
私自身がそういう分野で仕事をもらいその報酬で飯を食っているし、友人たちも20代半ばから起業する人が増え始め、30代ともなると会社内でそこそこの役職に就く人が増えた。
マネジメントされる側からマネジメントする側になり、受け取る側から渡す側になり、雇われる側から雇う側になると、見えなかったものが見えるようになる反面、見えていたものが見えなくもなる。
20代の頃よく会っていた経営者の人が「立場が人を変える」としょっちゅう言っていたが、ここ数年はそれを思い出すことが増えた。
これは仕事だけに限らないが、個人的には仕事で痛感することが多い。
私は正社員をメインでやりつつフリーランスで数社抱えるという働き方をしているが、スタートアップやベンチャーに関わることが多く、社長しかいない頃から携わっていた会社が大きくなっていく輝かしい瞬間に立ち会える一方で、思うようにいかず細々と終わったり買収されていく会社の姿を見ることもあった。
「ブラックベリー」「ソーシャル・ネットワーク」「ウルフ・オブ・ウォール・ストリート」を始めガレージやアパートの一室から自社ビルを構えるまでになるお話はよくあるが、まさにあんな感じの雰囲気である。
会社は単に"商売"だけにリソースを割いているわけではない。
従業員が10人を超えたらこの辺しっかりやってね、〇〇人超えたらこういうのもやらないといけないよ、〇〇人を超えたらこういう義務があるよ、いくら以上稼いだらこれもね、あとこれも、これも……という「決まり」があり、大きくなればなるほどやることが増えていく。
新卒を取れば教育研修に膨大なリソースを割き、中途を取れば「カルチャーに馴染めない」「前職とのギャップが大きすぎる」という課題を抱えたりし、人を増やせば増やすほど価値観は多様になり、共同体として脆くなり、すれ違いや亀裂が生まれ、いつしか袂を分つこともある。
作中でダグがずっと「小さい会社」のカルチャーのままでやって行こうとしていたが、私はどちらかというと「大きくなるためにきっちりやりましょう」を推し進める立場になることが多かった。
作中でいうところの最初期のジムとミスター・パーディーを少しずつミックスして超穏健派にしたみたいな役回りだろうか。
超穏健派かつ根本はダグ派なので従業員がウキウキで準備したMOVIE NIGHTに乗り込んで怒鳴り散らしたりしないし、看守のように業務態度を監視したりもしないが、「あいつのせいで息苦しい」と思われかねない点では共通している。
切ねえ。
とはいえ「ブラックベリー」は脚色のおかげかやり方が強烈なので、鑑賞中に我が身を振り返って深刻な気持ちになったり落ち込むことはない。
ていうか今も別に落ち込んでない。(落ち込んでません)
好きなところ
きっかけはBlackBerryそのものへの愛着からくる薄い興味関心であったが、観終わってみると作品自体への好感がしっかり残った。
好感を持ったポイントのうち2つを挙げてみようと思う。
1. 演出と俳優陣
最初から結末が分かっているので先行きについてドキドキしたりはしないものの、音楽の使い方や1990年代〜2000年代初頭っぽい雰囲気のガサついた映像、意図的に荒くしたカメラワークが効果的で、しっかり引き込まれ、ドキュメンタリー感のあるスリルを楽しめた。
マイク、ダグ、ジム、ミスター・パーディーなどの登場人物たちは皆、半分は苦手だが半分は共感できたり好感を持てるキャラクターで、俳優という視点ではジムを演じたGlenn Howertonとダグを演じたMatt Johnson、二人の演技がすごく好きである。
繊細な演技とブチギレ演技をどちらもこなすグレンが本当にすごいと思ったし、マットは演技というより根っからああいうキャラクターの人みたいで……って、
えー!!
マットが「ブラックベリー」の監督だって〜〜!!
まじ〜〜〜?!多才〜〜〜〜〜!!!!
2. 恋愛要素ゼロ
本作で好きなポイントのもう一つは「恋愛要素ゼロ」なところ。
NHL騒動で一瞬おろそかになってはいるものの、基本的に登場人物たちはずっとRIM社とBlackBerryのことに集中しているので余計な要素がない。
ジムがオタクだらけのRIM社に突然秘書っぽい女性(シェリー)を連れてきたことで「ざわ……」となる場面こそあるが、誰とも1ミリも恋愛に発展せず、ロマンチックなキスも、ハグも出てこない。性的なことが何もない。
シェリーや他の女性社員は出てくるが、従業員として順当に出演しているだけである。
ビジネスパーソンとしてやりすぎなお色気演出もないし、逆にわざとらしいポリコレ配慮もない。
恋愛要素のない面白い映画、もっと増えてほしい。
本作は対人暴力もゼロなので好ましく思っているが、器物損壊と罵詈雑言は結構多い。
ユーモア混じりだけど。
そういえば作中で怒鳴り散らしたり暴言を吐くシーンはあっても、双方が同じテンションで言い争うシーンはなかったな。
片方が感情的ならもう一方は言い返さずに黙るかちょっとぶつぶつ言うか、立ち去るか、あるいは同じ土俵に上がらず理性的に振る舞っていた。
それもストレスが少なく鑑賞できた理由の一つかもしれない。
おわり
作中、ものづくりに対する矜持の化身のようであったマイクがそれを捨てる瞬間が描かれるが、あれはどれくらい事実を反映させたものなのか知りたいなと思う。
残念ながら本作に対するマイク本人からのコメントはないけれど、強欲傲慢情緒不安定おじさんみたいな描かれ方をしていたジムがしっかり顔出しした上で理性的・好意的にコメントしてるの、マジ偉い。
元となった原作書籍も読んでみたいと思ったが、よほど日本国内需要が見込めないのか和訳版が出ていなかった。
残念。