読みたい本を読んだらよかった
ひさしぶりに都会の大きな本屋へ行った。
雑然と、けれども計算高く積まれた文字と色彩の集約。淡い興奮を抱えて、茫然と、本と視線の合間を泳いだ。
なにを手に取るわけでもなくゆらゆら漂う身体の内で、わっと言葉が生まれて弾ける。
どうして忘れていたんだろう。
行きたい場所に行ったらよかった。
会いたい人に会ったらよかった。
話したいことを話してよかった。
寝たいだけ寝たらよかった。
歩きたいだけ歩いてよかった。
一生懸命だってよかった。がんばれなくたってよかった。今の私のぜんぶでよかった。だれも知らない私でよかった。
歌いたい歌を歌ってよかった。寂しくたってよかった。悲しくたってよかった。嬉しくたってよかった。なんだってよかったよ。
着たい服を着たらよかった。観たい映画を観たらよかった。描きたいことを描いたらよかった。
陳腐も華美も地味も古典も生活も、過去も未来までもがせんぶ、気が遠くなるほどに、こんなにもたくさんな、なんでもかんでもが一冊の本だった。
どうして忘れていたんだろう。べつに、ほんとうは、なんだってよかった。文字を並べて、意味を束ねて、生きていて、それでよかった。
目が合った一冊の手を引いて、一緒に電車に揺られて帰った。