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私の日記をリカバリーの物語として読む① リカバリーとは?(差替掲載)

私が、退院後の日記を整理して、noteに掲載しようと思ったはじめの理由は、「同じような経過をたどる誰かの力になればいいな」でした。
私が発病した時には、インターネットやSNSは今のようには普及しておらず、情報は本から得るしかありませんでした。私の文章が、かつての私が欲しかった「見通し」や、「他の人はどうしているのだろう?」に少しでも答えられれば、そんな気持ちで日記を公開してきました。
でも、やってみて少しずつ気づいてきました。「私の中に、もっと他の理由があるのかもしれない」と。

いま、たまたま仕事で、「リカバリー」を自ら学びながら、人に教えています。リカバリーとは、簡単に言うと「困難なライフイベント(疾患、離別、喪失等)を抱えながらも、意義ある満足のいく人生への再出発。自分らしい生き方へ向けたプロセス、旅路…のこと」です。(私達が作っだテキストの文章そのままですが)

■ リカバリーとは ■
リカバリーは、1980年代にアメリカで言われるようになった概念で、有名な定義として、次のようなものがあります。この考え方が、日本では、最初は精神疾患の分野で取り入れられるようになりました。アメリカでリカバリー概念を提唱した心理学者ディーガンが、統合失調症から回復した当事者だったため、精神疾患の分野で親和性が高い考え方なのだと思います。
 
🔵アンソニーの「リカバリー」の説明(要約)
①個人の姿勢、価値観、感情、目的、役割等の変化の過程である。
②しばしば複雑で時間がかかる過程であり、疾患の回復よりもはるかに困難であるが、
③専門家の介入がなくとも起こり得る、きわめて個人的で独特な過程である。
④制限つきであるものの、満足して希望に満ちた、人の役に立つ人生を生きる道程。
⑤そして、信じてその傍らにいる人の存在が不可欠である。
※アンソニー・ウィリアム(1993):
Recovery from mental illness: The guiding vision of the mental health service system in the 1990s. Psychosocial Rehabilitation Journal
 
🔵ディーガンの「リカバリー」の説明
①リカバリーは一つの過程、生活の仕方、姿勢、日々の課題への取り組み方である。
②完全な直線的な過程ではない。時に進路は、気まぐれで、私たちはたじろぎ、後ずさりし、気を取り直して再出発するのだ。
③必要としているのは障害に立ち向かうことであり、新たな価値ある一貫性のある感覚、障害の中であるいはそれを超えた目的を回復させることである。
④切望するのは(aspirtation)、意義ある貢献ができる地域で生活し、仕事をし、人を愛することである。
 ※パトリシア・E・ディーガン:
10代で統合失調症と診断。その後12年間入所施設で生活していた障害当事者。アメリカの心理学者、研究者。ボストン大学ヒューマンリジリエンス研究所の共同創立者、元患者調査のためのヨシュア・ツリー・センター専務理事等。
  
その後国内で様々な形でこの概念が浸透し、現在では難治性疾患や中途障害等の分野でも、しばしば用いられるようになりました。


このような学習を踏まえて、自らのリカバリーのプロセスを振り返ってみたところ、自分でも気づかなかったことがたくさんありました。また、先週まで連載していた私の退院直後の2か月の日記の中にも、私固有のリカバリーを促す(気持ちを立て直す)材料がたくさんあることに気づきました。

実は、私が過去の文章を改めて見直しているのは、誰かのためではなくて、自分がここまで歩いてきた足あとを確かめたいのではないか。何度も突き落とされた体験の意味を、私自身が見出したいのではないか。そう思うようになりました。
 
そこで、今週から数回の記事では、そんな視点で私のリカバリーの物語を少し読み解いてみます。 

私の振り返の前提として、一般的な「リカバリー」のおおよその形をイメージしておきたいと思います。
私はピア・サポート(当事者による当事者支援)における物語(ナラティブ)の語りの意義について、富山大学の伊藤智樹先生編著『ピア・サポートの社会学』(晃洋書房2020)を読んで詳しく知りました。
伊藤先生には、2022年12月に東京で開催された難病ピアサポーターのワークショップでお目にかかり、ご挨拶させていただきました。伊藤先生は、各地の自治体の難病ピアサポーター養成研修の講師をされています。

2.当事者の物語の着眼点(リカバリーの要素)

社会学者である伊藤智樹先生は、依存症や難病等のセルフヘルプ・グループ(当事者自助グループ)、ピア相談やピア・サポート等の当事者相談の場面に入り、当事者の物語の「語り」の意味を分析、研究しています。
伊藤智樹先生の著作では、当事者の物語には次のような着目点があると説明されています。
これらの物語に含まれる要素が、大きな困難からこれまでの時間をリカバリーとして見る際にも重要な着目点になるのだと思います。

①キャラクター
(病前からの)どんな人か、好きなこと、大切にしていたこと、考え方、価値観、描いていた夢など。
「自分らしさ」として本人が意識している場合と、意識していない場合があるようです。また、状況の中でキャラクターが浮かび上がることもあります。
病気等により心身の条件が変わる中で、キャラクターが「強み」として生きることが多いと言われています。

②プロット(筋)
出来事が集まって物語が構成された時に、出来事が「意味のある秩序」として見出せるようになります。これを筋と呼びます。
筋に着目すると、出来事に新しい解釈が見え、その人が目指したかった物語のイメージが見えてくることがあるといいます。
意図的であってもそうでなくとも、リカバリーの物語では筋が転回する様子が多く見られるようです。

③モチーフ
物語の中からしばしば見出され抽出される、物、イメージ、フレーズ等をいいます。
セルフヘルプ・グループの中で見出されるような共通の概念等がこれにあたるとのことです。
本人が、というよりは、物語を聞いた人や解釈する人が見出すことが多いように思われます。

④主題
モチーフが集積して、物語全体で示されるものです。

⑤声
筋にはまとめきれないが、声に注目することで、物語が別の側面を表すことがあります。沈黙や言いよどみやためらい、断片的な言葉や沈黙や言い直しなどの形で表現されるものがあります。話として語られる流れの中では「声」として表現されていますが、声そのものではなく、その背後にあるものを指す概念と考えられます。
声への着目により、物語は英雄のそれではなく、変化を模索する語り手の世界として浮かび上がることがあります。
声は、物語の中で機能するか未だわからないものです。時に物語の完成を阻むこともあり得ますが、声に注目して、物語の複層性を捉えることが、苦しみになお耳を傾けることにつながる、とのことです。

⑥体
非言語的要素として体は語ります。「体がある」というだけの事実によっても、事実や反証を語ることが多くあります。したがって、体に注目することが有意義なことがあるそうです。
自分の体が他者に非言語として語ることがあります。
また、難病者等は、自分と同じような物語を生きようとしている他人の体や、自分の予後を限界として示すような(でもすべてを失っていないモデルとしての)他人の体、いずれにも出会う方が良い、と説明されています。

以上の6つの要素のイメージを図にしてみました。

当事者の物語の着目点(伊藤智樹氏の概念を図化)

リカバリーの物語は、特にどん底から這い上がってくる際に、その人が病前から持っていた性格、価値観、信念、考え方、経験、嗜好、好きなもの等のキャラクターが「強み」となることが多いといいます。
また、這い上がってくる際に、きっかけとなるできごと、出会った人、影響を受けた言葉等があることが多いようです。

次回からは、病前の価値観、どん底の気持ち、価値観の変容を含めて、私がどのように変化したのかを、具体的に読み解いていきたいと思います。



文・写真:🄫2023 青海 陽
参考文献:ピアサポートの社会学 伊藤智樹 晃洋書房2020

なお、以前掲載の本記事につきまして、引用元の許可を得ずに掲載しておりましたため、記事を削除し訂正しました。ご迷惑をおかけいたしました。
引用していた記事:雑誌「難病と在宅ケアVol.22 No.2 2016.5」

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青海 陽
読んでいただき、ありがとうございます!☺ かつての私のように途方に暮れている難病や心筋梗塞の人の道しるべになればと、書き始めました。 始めたら、闘病記のほかにも書きたいことがたくさん生まれてきました。 「マガジン」から入ると、テーマ別に読めます(ぜんぶ無料です)🍀