旅行記 | 東京から和歌山。小説の舞台を巡る女のひとり旅①
旅の始まり、早速新幹線の揺れに酔っている。4月某日、新大阪へ向かう新幹線のぞみの指定席は満席だった。
私は窓側に座り、隣には男の人が座った。音を一切立てない、黒縁メガネにマスクでゲーマーな彼は、右手の親指以外、ほとんど動きがない。静かだという点で、なんとも私好みだ。
有り難い人の隣になったわ、と幸運を噛みしめるついでに豆腐ドーナツを食らい、プラックの缶コーヒーを飲む。時々、窓の外の景色を撮ったりする。
このひとり旅は、先日書き終えた長編小説の舞台に赴き、実際に体感して確認するための旅だ。だけど元をたどれば、推しのコンサートチケットの抽選に落ちまくった腹いせから始まっている。
理由はなんにせよ久々の遠出であり、滅多にしないひとり旅。せっかくならちゃんと記録に残したい。それにはスマートフォンのカメラだけでは心許なく、しばらく使っていなかった持ち歩き用の小型カメラを同行させた。
以前、動画編集にハマった時に、ブレない映像を素材にしたくてこちらを買った。スマホより軽いし、ポケットにすっぽりおさまって便利。だけどしばらく使っていなかったから扱い方をすっかり忘れている。
『今、窓の外に富士山が見えてますよ~。少しの間だけど楽しんでくれよな!(要約)』
静岡を通過中、気の利いた車内アナウンスが聞こえてきて、慌ててカメラを起動させるも、思うようにいかない。
静止画だと思っていたら動画で、富士山を撮りたいのにカメラが自分の方を向いていたりであたふたする。あっという間に富士山鑑賞スポットは過ぎていった。それでも、一応は何かを撮り収めたふうな顔をしてみる。
そうこうしているうちに新幹線は京都を通過した。のぞみは速い。
静岡に住んでいたとき、東京に帰る際にはよく各駅停車の新幹線こだまを利用した。せっかく新幹線に乗るのだから少しでも長く乗っていたいと思ってそうしていたのだけど、それを誰かに話したら、そういう変な人もいるんだね、という反応だった。急ぎでなければ、私にとって新幹線はくつろげて最高だもの。いつまででも乗っていたい。
②へつづく