掌編小説 | 白い靴
白い靴を履いて出かけると、どこまでも行けるって噂だよ。
だけどね、そんな怪しい説を本気で信じるやつなんていないんじゃないか?俺以外には。だはは。
いやね、白い靴なんて履くのは本当に久しぶり。たぶん、ファーストシューズ以来じゃないかな。
それだって、写真に一枚残っているだけだし、嫌がって大あばれしていたようだから、履いていたかも定かじゃないよ。
だから、きっと、これこそがマイファーストホワイトシューズ。合ってる?
でね、ファーストシューズとホワイトシューズと聞いて思い出すのはお袋だよ。
お袋はねえ、俺とは逆に、白い靴しか履いたことないって言うんだよ。いや、本当に。
親父が死んだ時だって、泣きながら白い靴を黒く塗って通夜に出たんだから。俺はそんなお袋を見て、泣いてるけど冷静だなーって。母は強し。
でさ、俺はこの白い靴を履いた瞬間から、ずんずんずんずん歩き続けて、いよいよ迷子になっていると思うんだけど、それでも足が止まらないんだわ。
途中、色んな知り合いに会ったよ。俺が生まれて直ぐに亡くなった祖父母とか、幼稚園の時に好きだった女の子、喧嘩ばかりだったけど、一番仲の良かった健太。
中学で告白した女の子ともすれ違ったけど、見た目が随分変わっていたから、声はかけなかった。
初めてのアルバイト先の店長、進学塾の講師、大学の先輩、そして先週婚約した彼女。
みんな、何故か元気がなかったな。俺だけは止まることなく歩き続けててさ。
途中、見たこともないくらい綺麗な花の絨毯を元気よく踏みつけて、大きな川も歩いて渡ったんだ。この靴、水陸両用みたいよ?
その間、もうこれ以上、俺に知り合いはいないだろ、ってくらいの人達に見送られてさ。
見送られて?
あれ、俺って見送られてたのかな。なんでだろう。そういえば、みんな悲しそうに俺に手を振ってたよな。
あ、だけどさ。見送りなんだとしたら大事な人が抜けてるよ。一番……とは恥ずかしくて言いたくないけど、大事な人。お袋だよ。
お袋は俺の前に現れてないな。
いったい、どうしたんだ……?
あ!
お袋!
母さん!ここだよ!
ねえ、こっち来てよ!
え?
聞こえないな。
全然、聞こえないよ。
どうして泣いてるんだ。
おい、母さん……
どうして
どうして
黒い靴履いてるんだよ……
[完]
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