見出し画像

「太宰治へ」連載小説(三)

それは小学四年生のときでした。授業参観のときだったようで、皆面白い事を(今に聞くと面白くもないことでしたが)口々にぴーぴー叫ぶわけですから、それじゃ自分もいわなければ仕方あるまい。ぼくもその一群にまじって、喉を整え、ぴー。叫んだ瞬間、しんと空気が凍りました。あれはたしか春になりたての時でしたが、真冬の冷酷さを感じました。
 自分の皮膚は痛いほど冷たくなっているのに体内は心の奥からじわじわとなにか熱いものを感じました。それからの事は思い出すのも痛々しいことで、いじめられたわけではないてすが、自分だけ餌をもらえぬ苦痛を感じました。自分はただ口を揃えて言ったつもりだったのですが。

老人をからかいました。いやはやなにかされたわけではありません。ただ、出来事の二日前に文学を学んだからです。それもまた過激で、いわんや老人の退屈さを書いたものでした。自分は、それが最もだらしないように解釈してしまって腹をたてたからです。

 自分はなにか、生きていても意味のないように感じていました。いや、理由がなかったのでしょう。意味も理由もない人生でありました。などと一人で呟いても本当になにもないのです。なにかおこることすらしないのです。事実がただ、事実になるだけなのです。ゆく河の流れは絶えずして。

いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集