ブルー・ストーン第七話 「仮定と憶測」
いくらか扉をくぐった先に、僕が眠りについたあの部屋に辿り着いた。やはり、部屋の広さに反して机と椅子と本棚はちっぽけだった。
机の上にはまだあの本が置かれていた。"引力の証明"。その本からは謎めいたオーラが出ているように感じられた。あの本はなんだったんだろうか?もう少しだけ目を通しておくべきだったと後悔。
「さぁ、行こうか。」
鉄扉のパスワードを入力する。鉄扉はギィッと不快な音をたててゆっくりと開いていった。
扉が開いた先には、一度目にした風景が広がる。微かに、あの時の痛みに苦しむ僕自身の残像が見えた。きっとあの時は、地下へ向かうことに必死だったのだろう。
「スイ...外へ出たのは良いんだけれど。僕たちはこれからどこへと向かえば良いのかな?何か目的地があれば良いけど...」
「向かうべき所と言えばあるにはあるのだけれど、歩いて行くのはちょっぴり無理があるの」
「それもそうだな...僕のバイクもきっと使えないだろうし...とにかく何か移動手段を探さなくてはいけないね。」
「うん。」
「まぁ、この工場地帯から無事に出る事が第一だけれど。」
「そうね。もしもの時はその、手に持ってる物騒なもので何とかしてくれるんでしょ?」
「何とかって...簡単に言ってくれるね。出来ればこいつを使わずにここから出るのが理想だけれど。」
「きっと大丈夫よ。何とかなるわ。」
「君は、意外にも楽観主義なんだね。」
僕たちはキャタピラータイプの階段を登っていた。滑らかな傾斜に敷かれた硬質樹脂のベルトコンベヤは無機質な黒を帯ている。きっと装甲車か何かのキャタピラーと同じ材質で作られているのだろう。
「さてと...」
階段を上りきる。
すると目の前には、異様な...この世の終わりとも思える風景が広がっていた。
工場は廃墟のように朽ち果てており、瓦礫や鉄骨と思われるものや、金属の破片、破壊されたマシンがそこら中に散乱していた。僕もスイもそれを呆然と眺める。
「何が起きたんだ。わずか一ヶ月で...こんなことになるものか?なぁスイ...これは確定現象で見えてなかったのか?」
「私には何も見えていない...でもこれは隕石の影響では無いことは確か...なのだけれど。」
僕は足元に落ちていたコンクリートの破片を拾い上げ、それを観察する。そのコンクリートの破片は所々焦げた跡が確認できた。工場内で何かとても大きな事故があったのかも知れない。ただ僕の直感だけど、僕とスイが出会った事に起因する外力が働いているのかも...出来れば前者であって欲しいが。確か、僕がここへ来た時には爆発音が聞こえたが、あれと何か関係があるのかもしれない。
「これが君の目に見えて無かったとしても何か君の耳が捉えていたのでは?」
スイは大きく首を横に振る。「これは、未確定現象。恐らく、何かの拍子に突然起こった事なのかも。」
「あまり、都合の良い力でも無いみたいだね...とにかく何が原因で工場地帯がこうなってしまったか。僕はそれを究明したいのだけれど、君はどうかな?」
「それは...危険よ。とてつもなく嫌な予感がするの、私。今ならここから出られるかも知れないし...」
「危険は既に僕も承知している事だ。それに、隕石から人類を守る事の方がもっと危険だ。」頭を押さえながら言った。これは僕の癖だ。
「僕はこういう時にはいつも最悪の可能性を考えるようにしているんだ。スイ...もしも仮に、僕と君が出会う事で立場が悪くなる、あるいは都合が悪くなってしまう奴が居たとしよう。そいつは僕たちが出会うのを阻止する為に何らかの工作をするだろう。例えばあの黒いロボット。確か君は工場警備のロボと言ったが、僕はただ島に入っただけで襲われたんだ、おかしくないか?たかが警備ロボが僕を殺してしまう勢いで襲ってきたんだ。」僕はまだ、頭を押さえている。
「もし僕たちを出会わせて困る奴がいたのなら、これからも襲われるだろう。なら、早い段階で手を打った方が良い。せめて、相手の情報だけでも手に入れておくべきだが...君は僕のこの最悪の可能性についてどう思う?」
「その可能性はあるわね。工場で事故が起きたような感じもしないし、あなたのシナリオは確かに可能性として存在している。でも、だからと言って原因を究明しようとか、相手の情報を掴もうっていうのは理解できないかも知れない。」
「何故?もし、僕の仮定が正しいなら今すぐに手を打たないと後から面倒だ。もし、僕の仮定が間違っていたのなら僕たちはひとつの不安全な可能性を拭える。何も恐れることは無いはずだ。」
本当の事を言えば、怖い。でも、目の前に疑問を差し出されたのなら解こうとする。これが、僕のスタンスだ。それだけは崩したく無いのだ。
「まぁ、コノハが言っている事が正しい。でも、もしもの事があったら...」
「もしものために僕はこいつを組み立てたのさ。」僕は手に持った”物騒な物”を前に突き出して誇張する。
「はぁ、コノハはきっと早死にするね。」
「長生きしようなんて思ってないからね...」
登場人物
コノハ・イサム:分解屋で機械生命体論者。
スイ:青目で少女の容姿をしたアンドロイド。”確定現象”を見るという不思議な力を持つ。20年間もの間ラザファクシマイルの地下に幽閉されていた。誰が何の目的で彼女を産み出したのかは不明。