ブルー・ストーン第六話 「分解と構築」
ぼんやりと空間を眺めていた。
長い間、日光を浴びず、閉ざされた空間でじっとしているのは大変な苦痛を感じる。そろそろ外へと出たいと思ったが、僕のマグネティックバイクが破損している事を思い出した。あの黒いロボットはまだ僕のバイクに下敷きになっているのだろうか?無意識に背中に手を当てる。
痛みは既に消え失せていたが、あの時の痛みと恐怖と絶望は未だに鮮明に記憶されている。
僕は、ベッドの上に置かれていた深緑のコートの内ポケットから缶コーヒーを取り出した。ブリキ製の缶には凹凸が幾らか出来ていたが、中身は問題無かろう。と、思い、缶を開けてその香ばしい液体を口に含む。その液体からは温度がまるで感じられず、飲んで良いものかと少しためらったが...やはり一口飲んでしまうと、味が少々落ちてしまっていても飲み切ってしまいたくなるものである。
一ヶ月ぶりの缶コーヒー。僕はあの日の朝を、頭の中でリプレイしていた。
「そういえば、分解途中の仕事があったけど...まぁ仕方ないか。」独り言を呟く。
缶コーヒーを飲み終えた頃合い、スイの姿が見えた。
「あら、起きていたの。おはようコノハ。」
「おはよう。スイ。僕には睡眠の貯蓄がたんまりとあるからね。今ではベッドを見るだけで気が滅入るよ、本当に。」
「というよりスイ。そろそろ外に出たいんだけれど...」
「う〜ん...構わないけど、正直に言うとコノハの安全を保証出来るかは分からないの。ここに来る時に見たでしょ?黒いロボットを。」
「もちろん。あいつのせいで散々な目に遭わされたんだから。あいつは一体何なんだ?」
「あの黒いロボットについて簡単に説明すると、あれはこの真上にあるラザファクシマイルの工場警護ロボなの。不審者を発見したら、追跡して確保する。場合によっては攻撃する場合があるの。何度か、あのロボットに襲われた人間の声を聞いた事があるわ。」
「じゃあ、ここへの訪問はどうするのさ?例えば視察に入るだとか、工場見学だとか、資材の搬入だとか...アポがあれば襲われないとか?あるいは、ロボットの攻撃を回避するためのセキュリティ通信があるとか...」
「恐らく、そうだと思うのだけれど、その辺のシステムについては詳しく分からない。」
「参ったね。どうしようか...武器のようなものがあれば良いけど、ここにそんな物騒な物があるはずもないし...何か使ってないメカとかマシンとか...そうだなぁ電化製品が最も身近なんだけれど、その類の物は無いの?」
「武器になりそうなものは何もないけれど...確か、ガラクタが沢山置かれた部屋があったはず。」
「じゃあ何とかなるかも知れない。とにかくその部屋へ案内してよ。」
スイは困った顔をしていたけれど、その部屋まで案内してくれた。
スイに案内されたその部屋は、木製の扉で所々で虫食いの痕跡が確認できた。
ギィっと扉が開く音がする。朽ちた木の特異な匂いが鼻に潜る。
扉の奥では、使われなくなったマシンたちが眠っていた。
「わぁ...これはオドロキだね。見てよスイ、こいつは宝の山だよ!」
やはりスイは困った顔をする。分解屋の僕からしてみれば、これは大発掘なのだ。久しぶりに、分解への意欲が湧いて出てくる。分解する前から僕の心は踊っていた。早く分解したい。
「じゃあ早速始めるとするか。」
「始めるって何を?まさか、このガラクタをどうにかして武器を作り出そうっていうの?」
「そうさ。まぁ、見てなよ。」
その部屋には、恐らく何かの研究に使われたであろうマシンたちがひっそりと眠っていた。
まず、一番近くに置かれていたマシンを手に取る。そのマシンには何かを切断するための刃と恐らく切断時に何かを溶着するための熱源装置が付属されている。これは武器としてはかなり使えそうだ。僕は、そのマシンから刃を取り外す。ボルトとナットは長年使われていなかった為か物凄く硬くなっていた。黙々と、分解作業を続ける。マシンを分解している時だけは時間さえも忘れられるし、本心から幸せを感じている事が自覚できた。
5時間くらい分解と組み立て作業を続けていただろうか。
やっと武器らしいものが完成した。
完成したそれは銃のような形に仕上がり、先端には鋭い刃。そしてトリガーを押すと、バネの弾性力でワイヤーと電線に繋がれた刃が射出する。射出した刃はモーターで巻き取り再装填が出来る機構である。そしてロボット相手なら、電線を介して電流を流す事が出来るので、上手くいけば過電流でロボットを無力化出来るだろうという試算だ。
ただ、バッテリーには限りがあるので、こいつは使い捨てだな。と思った。それに加えて、刃の威力はバネの弾性力に依存するので、飛んでもせいぜい10m程度だろう...
少し不安ではあるが、これで行くしか無い。願わくば、あの黒いロボットとご対面する事がなければ良いのだが。
「さぁスイ!これで準備万端だ!外へ行こう!」
僕たちは、大した策も無いままに外へと向かった。
登場人物
コノハ・イサム:分解屋で機械生命体論者。
スイ:青目で少女の容姿をしたアンドロイド。”確定現象”を見るという不思議な力を持つ。20年間もの間ラザファクシマイルの地下に幽閉されていた。誰が何の目的で彼女を産み出したのかは不明。