ブルー・ストーン第五話 「運命と決意」
「まず、聞くけどさ、どうして隕石が降ってくることが分かるのさ?」
「どうしてか?それは言葉よりも、もっと分かりやすい方法があるから、それを見せましょう。」
少女はそう言って、ポケットから金属の球体を取り出し、それを僕に差し出した。
「これをどこでも良いから、投げてみて。その球は必ずまた私の元へと帰ってくるから。」
「…この球を投げれば良いんだね。」
手渡された4cm程度の球体を眺めた後、それ握りしめた。そして、言われるがままに少女とは正反対の方向へ放り投げた。
その金属の球体は、部屋の壁へとぶつかりゴツンと音をたてて床へと落ちる。
ゴロゴロと球体が転がる音が聞こえる。
その音は確かに、少女へと近づいていた。
僕はベッドから身をのりだし、球体の行方を追う。
銀色に輝くそれは、まるで意思を持つかのようにタイルを滑り少女へと向かっている。僕は、目の前の不確かな現象に息を飲む。
球体はマイナスの加速度で運動を続けている。
そして、それはやがて少女の足元まで辿り着いたかと思うと、少女を更に追い越してしまった。もう球体は運動を停止しようとしている。
僕は内心ほっとしていた。
「やっぱり、そんなことあり得ないよ。」そう呟く。
「まだよ、まだ運動は続いている。」
少女は僕の声に反論し、球体を指差した。
球体は、タイルの僅かな段差によって押し戻され、再び少女へと向かっていた。そして、球体は少女の足元で停止した。
僕は、眼前で起こった奇跡とも言える偶然に唖然とした。何が起こったか理解できない。僕が球を投げて、それが少女の足元へ戻っていった。それだけの現象なのだが、それだけではないのだ。少女はそれを・・・僕が球を投げる前から知っていた。確信していたではないか。
「…どうして?…全く理解が追い付かないんだけど。」
「今、貴方が見たものが確定現象なのよ。貴方が球を放り投げる前から、私の元に球が戻ってくることを見ていたの。私にはこういう、不思議な力があるの。確定してしまった事は必ず私の目に映る。でも未確定な部分は決して見ることが出来ない。だから、球の軌跡までは分からないわ。ただ、球が戻ってくることだけが…それだけが見えた。」
「君は…何者なんだ?」
「私が何者なのかは、大して重要な事ではない。でも、言うなれば私は、高度なテクノロジーによって産み出されたアンドロイド…」
「つまりそれって、人間では無いということだよね?そして君はさっき20年前に産まれたって言っていたけどそんな昔にそこまでの…つまり、君のように会話や未来予知のような機能を兼ね備えたメカを作り出すテクノロジーなんて存在しなかったはずだ。君は何のために、誰の手によって産み出されたんだ?」
眼前の少女は、静かに俯いた。ありえるのだろうか?20年も前に、ここまで発達した技術は存在していたのか?この少女を産み出したのは誰だ?そもそも、未来予知的な能力がこの世に存在する事が世の中に知れたら大問題だ。頭が重くなるようだ。
少女は首を横に振りながら言った。
「分からない。何のために産まれたのかも、誰が私を産み出したのかさえも...」
少女は続けて言った。
「だけど、私のこの不思議な力は、誰かを救うために与えられた物だと信じているの。だこらこそ、隕石からこの星を...地球に住む人々を守らなくちゃって...そう思ったの。SOS:Save Our Soulsとは、我らを救えという事。あのSOSはそういう意味だったの。」
「はぁ...分かったよ。どうすれば良いのか僕にはさっぱりだけど、とにかく地球の人々を守ろうと思う。隕石が降ってくる事が確定しているのなら、被害を最小にすることを考えなくてはいけないね。」
「ありがとう。」
「別に良いさ。どうせ、君と僕が出会う事も”確定現象”だったんだろう?」
「えぇ、そうよ。」
何が何だか分からないけど、僕の投げた球体が彼女の思惑通りの結果になったことで、”確定現象”という力をすっかり信じ込んでいた。その力を否定する事も簡単な事だと思う。しかし、もしも本当に隕石が地球に降るという現実がプログラムされているならば、僕は全力でそれに抗ってみようと思うのだ。運命などという非科学的な事には大して関心はないが...恐らく、この少女とは、共に運命に抗うという、そういう運命なのだろうと悟った。
「そういえばさ、君の名前はなんて呼べば良い?」
「スイ、ただのスイ」
「そっか。僕はコノハ・イサム。コノハって呼んでくれたら良いよ。」
「よろしくコノハ。」
「うん、こっちこそよろしくだ、スイ。」
ようやく僕たちは互いの心情を諒解したようだ。
登場人物
コノハ・イサム:分解屋で機械生命体論者。
スイ:青目で少女の容姿をしたアンドロイド。”確定現象”を見るという不思議な力を持つ。20年間もの間ラザファクシマイルの地下に幽閉されていた。誰が何の目的で彼女を産み出したのかは不明。