風の強い日。本稿とスケッチの違い。20230410mon296(GM全記録)
2095文字・30min+有料
noteの日記の場合、書く前から頭のなかには出来上がった原稿はある。
書きだしは早い。誤字脱字チェックに時間を取られるくらいだ。
だが、小説の場合、章でも段落でもそのシーンのプロットは順序まで細密に立ててあるにもかかわらず、書き出せない場合が良くある。
このシーンに絶対に必要ななにかが足りない。
それが直感的にわかる。
今般は、主人公の男が中華料理屋のバイトの初出勤で、店の裏手にきた。
なぜかそこから男が動かない。だがプロット(その日の男の動向、筆者が書くべき順序)は時系列に紙にびっしり書いてある。
男は店の裏手の通路を通って勝手口から挨拶をする。そこを書けばバイト(物語)は始まる。が、なぜか筆が動かない。今日で二日目だった。
段落の冒頭を書いてこねる。
二層式の洗濯機のガタガタ音。ひょんなことから人影が見え隠れする。ネコの鳴き声がする。
■スケッチ①
ガガゴゴガガゴゴ、と店の裏手の通路の入り口で二層式の洗濯機が音を立てていた。通路の奥の影では、みゃおあ、るろろろ、と生き物が鳴く声がかすかに聞こえる。のどを震わせるようなゴロゴロ声だ。ネコかな。男はそう思っていると、ガタン。と洗濯機は止まった。
二層式の洗濯機とプレハブと間に、彼らの自宅へと抜けるほそい通路が見える。人影が見えた。挨拶をしようか迷った。がやめた。
突然、ぼくの脳天にズドン。書くべきシーンが丸ごと浮かびあがった。
筆者が書くべきは、男が立つ場所の風景描写だ。
原稿はワードなので、創作メモはいずれ消える。ここに写すと、
■風景を書く。
乾燥機、キャンプ用の椅子、板、釘、吊るしてあるもの、箒、角枠のピンチハンガーにフキンがぶら下がる。
二日かけてこねくりまわした文章には、重要なキーワードは半分ほどしかでていなかった。
この場所は、物語の四章のラストで重要な場所だ。男はオクサンに呼びだされてクビを宣告される。小説のクライマックスシーンになる。それを際立たせるためには、この場で、男が立つ場所(描写)をより細密に読者に提示しておかなければいけない。
男はクビを宣告される最中に、二層式の洗濯機はまわって、プレハブに立てかけられた箒が倒れて、物音が聞こえて、ネコが鳴く、オクサンに捲し立てられるなか、男はピンチハンガーに吊るしてあるフキンを見つめているかもしれない。そういう男が見る風景が、筆者の頭にに入りこんだとき(筆者の視点が物語の全体像を一瞬で貫いた瞬間)に、筆者はこのシーンは確実に書ける。そう確信する。
村上龍が「限りなく透明に近いブルー」の冒頭
飛行機の音ではなかった。耳の後ろ側を飛んでいた虫の羽音だった。
を書き始めた瞬間、
それと中村文則が「悪意の手記」の冒頭が浮かぶまで難産で、全部書けると筆が走った瞬間、(以下あとがき)
小説とは本当に不思議で、この小説を書こうとした時、内容は頭にあるのに、書き出しをどうすればいいかわからなかった。言葉やシーン、テーマが頭に浮かび続けるのにいつまでも出せない状態は、部屋に閉じこもっていたから余計きついものだった。でも「十五の時」と出た瞬間、言葉がどっと溢れてきた。なぜなのかいまでもわからない。
先輩作家の、書きだしの感覚。
この日、ぼくは身体で体得をした。
たかが、一段落だが。
されど、一段落だ。
この感覚は作家には重要だと思った。
■スケッチ②
ガガゴゴガガゴゴ。
店の裏手の通路の入り口で二層式の洗濯機が音を立てる。
みゃおああ、るろろろ。
通路の奥の影から生き物が鳴く声が聞こえる。のどを震わせるようにゴロゴロ。ネコだ。一匹じゃない。十匹ほどは、いる。男は思う。
ガタン。
洗濯機は止まった。
二層式の洗濯機とプレハブと間に、彼らの自宅へと抜けるほそい通路が見える。人影が見えた。挨拶をしようか迷った、男はやめた。
目の高さに乾燥機、下に緑の布がぴんと張られたキャンプ用のなが椅子、左手の通路がわにものほし台、角ハンガーにさがる雑巾、サンダル、風にゆれた、プレハブに竹ほうき、長板? 落ちた釘、水音、
なぜそれらを男が急いでメモをしたのか。わからない。バイト初出勤で緊張して目に映るものなんでも覚えようとしたのか。
■後記&補足)
ラストシーンで、外に呼び出された男はオクサンから長いクビ宣告を受ける。オクサンの長台詞だ。これをエピローグでは男が「録音していた」演出をとる。ここはその伏線(布石を打つ)場面だ。
その場合、文芸のリアリズムでは「オクサンが喋る最中にもバックグラウンドで雑音は入っている」はずだ、となる。こういう文芸的な挑戦は読者を楽しませる。原音は損なわずに文芸(文章)でどこまで迫真に描けるか。
■スケッチ③(②を改行なしの一人称ヴァージョン)
ガガゴゴガガゴゴ、店の裏手の通路の入り口で二層式の洗濯機が音を立てる、みゃおああ、るろろろ、通路の奥の影から生き物が鳴く声が聞こえる、のどを震わせるようにゴロゴロ、ネコだ、一匹じゃない、十匹ほどは、いる、ガタン、洗濯機は止まる(十時二十五分)。二層式の洗濯機とプレハブと間に、彼らの自宅へと抜けるほそい通路が見える、人影が見える、挨拶をしようか、目の高さに乾燥機、下に緑の布がぴんと張られたキャンプ用のなが椅子、左手の通路がわにものほし台、角ハンガーにさがる雑巾、サンダル、風にゆれた、プレハブに竹ほうき、長板? 落ちた釘、水音…
なぜそれらを男が急いでメモをしたのか。わからない、バイト初出勤で緊張して目に映るものなんでも覚えようとしたのか。
■スケッチ②と③では、男がメモをした「境界線」が分かれる。
②は男がどの部分をメモしたのか読者に提示が曖昧だ。
③は段落ごと、男はすべてメモをしていた。ことになる。
次の段落で、オクサンが登場(するなり)すると、シーンは展開する。
■自分(蒼井)の作家の技倆を考えると、ここだけ③(一人称)で書くのはちょっと危険すぎる。読者にわかりやすく場面を提示するには②(三人称を貫く)が適当か。
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