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行き交う慕情 / 20250204tue(400字)
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歯科に行った。気になる歯科助手がいる。Yさん。他県に嫁に行って出戻った(失礼だ)のは僕の記憶違いで、他県から嫁に来たのだった。今回も(偶然に?)彼女は僕の担当になる。僕は笑って話しながらYさんについて根掘り葉掘り訊ねる。今年でこの歯科で25年目。ふたりの娘さんが……。僕は5歳からここで矯正歯科を受けていたが。すれ違いだ。僕は1997年に19歳で横浜に出、彼女は2000年からここで27歳で働き始める。彼女はいつも僕に「京都から帰ってきたんですよね」僕の京都時代は7年前だ。
僕は本当に好きな人には恐怖が先に来る。何事もストレートに言えなくなる。他人は自分の鏡というが、Yさんの瞳の奥を見ると真っ黒な水晶体に自分の顔が大きく歪む。背は低く黒髪、童顔で目がぱっちりで、幼児体型。中学の大失恋から数えて、Yさんは何人目か。15の卒業式から告白はしていない。
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短歌:
黒髪で
円なまなこ
あの背丈
たゆたう慕情
これで幾人(いくひと)
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《語彙の三語三文日課:タイピング帖》
【純愛・じゅんあい】
⑴「純愛って、なんなんだぁ!」
覚は、闇に沈む山際に向かって叫んだ。だぁー。だぁー。ぁー。山際の向こうから何かが聞こえてきた。
⑵「男は黙って純愛ビール!」
「女は黙って純愛ホッピー!」
ゴクゴクゴク……。
「この秋、ダブルで新発売!」
「ハイ、カァーット! すみませーん。剣次さーん。遥香さーん。もう一度お願いできますか? 」
⑶「おれは純愛だぜ!」
「どこ触って言ってんのよっ!」
バッチーン!
【遁走・とんそう】
⑴「せんせい、遁走を逓走と間違えてました!」
「だから?」
⑵「この砂漠いったいはどこだ? おれは、遁走してしまったのか?」
⑶「それは、解離性とん走です。なぜだ? 解離性とん走の多くの原因は、極度のストレス環境です。 戦争や性的虐待、自然災害などの安全が保障されない過酷な状況下で、《危険から逃れたい》という強い欲求が意識状態を変化させます。 通常は成人にみられ、症例のほとんどは男性です。 そのため、解離性とん走は、危険な状態から生命を守るための防衛行動だといえます。だから、なぜだ? ここは精神科の閉鎖病棟ですよ。あなた人格も乖離してますよ。なぜだ! 」
【虎斑・とらふ】
⑴虎斑の猫。
⑵マルス船長は虎斑(トラフ)の牝猫だが、年をとって大きく肥えふとり、自分が牡(おす)だか牝だかよくわからない様子。大出発の後、増えた野良猫が空地にあらわれると、年中マウンティングを試みる。今日はうっそりと落ち着いて、窓枠の右隅に座っている。(大江健三郎《治療塔》より)
⑶「あその土管で丸くなってる、虎斑ののら猫の名前は、なんてんだい? 」
「いっつもぶるぶると震えてやがって、屁ひとつしねえ。だから、南海虎斑って付けてやったぜ」
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