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小説感想『竜が最後に帰る場所』恒川光太郎(読了:2022/8/17)


作品紹介

恒川光太郎の『竜が最後に帰る場所』は2010年に講談社より出版された作品。文庫版は2013年に出版されている。なんとなく短編集を読みたい気分で書店をふらふらしていたところ目に止まったので購入。恒川光太郎は一時期読み漁っていて、本作も既読済みだけど再読。

文庫本の裏表紙に"読み進むにつれて、だんだん人間から離れていきます。"とあるが、まさにその通りの短編集だ。人間世界寄りの話はどこか鬱屈とした雰囲気があるが、ファンタジー要素が強まるに連れて徐々に解放的な雰囲気が強まってくる点が面白い

ネタバレは避けるが、ある程度内容には触れているので注意。

以下はあらすじの引用。

しんと静まった真夜中を旅する怪しい集団。降りしきる雪の中、その集団に加わったぼくは、過去と現在を取り換えることになった――(「夜行(やぎょう)の冬」)。古く湿った漁村から大都市の片隅、古代の南の島へと予想外の展開を繰り広げながら飛翔する五つの物語。日常と幻想の境界を往還し続ける鬼才による最重要短編集。

引用:講談社BOOK倶楽部

短編集として

裏表紙には"五編の短編はどこからでも読めますが、恒川さんを初めて読む方は、「夜行の冬」から読んでみてください。"とも書かれている。各話に伏線が張られていて最後に回収!というタイプの作品ではないので、たしかにその通りではあるし、代表作『夜市』に一番雰囲気が近いのは間違いなく『夜行の冬』だろう。ただし、収録順に読み進めた方が「人間から離れていく流れ」を感じられて心地良いと個人的には思う。

各編の感想

『風を放つ』

主人公とバイト先の社員、その社員の彼女?との会話をベースにして話は進む。話は進むといっても別段展開といった展開があるわけではない。人を殺せる精霊を閉じ込めた小瓶というワードがポンと出てくるものの、あくまで会話の小ネタとして出てくる程度。まだまだ人間寄りのお話。

『迷走のオルネラ』

親から暴力を受けているという少年と、その親を魔法で消してやろうと言う謎の男の会話シーンから話が始まる。二人の会話の後に章は変わり、マスター・ブラフという人物の手記という形で、ある少年(先程の少年と同一人物かはこの時点では不明)の目線で話が進む。

幻想的な描写が上手な一方で、シンプルに嫌な人間を真っ直ぐ書けるのも恒川光太郎の魅力だと思う。

『夜行の冬』

錫杖を手に持って夜の街を歩く、赤いコートを着た女性。女性に連れ添って後ろを歩く人々。雪の降る夜の街で、主人公はこの集団に加わり歩みを進めるが──というお話。

話の内容も雰囲気も抜群に良く、ホラーファンタジー的な要素に期待して本作を手に取った人を満足させてくれる。ここら辺からファンタジー方面に。

『鸚鵡幻想曲』

偽装集合体という、何かが集まって別の何かに偽装しているモノに関するお話。「な… 何を言っているのか わからねーと思うが──」という感じだが、これに関しては読んだ方が早い。前提となる設定から世界観全開の短編で、感想を書こうとするとただの説明になりそうなので割愛。

解説によると、冒頭の何気ないシーンから行き先を考えずに書き上げたとのこと。行き当たりばったりで書いてこの完成度かと驚いた。

『ゴロンド』

泥鰌のような、手足のないにょろにょろと動く生き物が池の中で生まれるシーンから始まる。短編集のトリを飾るこの話は、人間ではない謎の生き物目線で話が進む。これと言って派手な展開があるわけではない。解説によると、人間の目が届かないところで生きる動物の"生"を書いてみたくてできた作品とのこと。

繰り返しにはなるが、他の話と繋がっているわけではない。わけではないが、一冊の短編集を読む上では、収録順に読み進めてこの話を最後に読む流れが収まりとしては良いと思う。

多かったレビュー

予想通りではあるが『夜行の冬』が面白かったというレビューが目立つ。日常の中に身を置きつつ、不思議で不気味な世界に片足を突っ込むという恒川光太郎の魅力が全面に出ているし、個人的にもやはりこれが一番好きだった。


おわりに

短編集というといくつかはハマらない作品に当たることも多いが、この短編集はハズレがない。『夜市』などを読んだ人が恒川光太郎の作品に持つイメージを保ちつつ、少し違った方向への魅力も感じさせてくれる。著者のインタビューを踏まえて書かれている解説も面白いので是非読んで欲しい。

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