小説感想『野良犬の値段』百田尚樹(読了:2023/5/21)
作品紹介
百田尚樹の『野良犬の値段』は2020年に幻冬舎より出版された作品。文庫版は2022年に出版されいる。百田尚樹の作品は『永遠の0』と『海賊とよばれた男』しか読んでない。知人に勧められて購入した。久しぶりに一気読みした作品。
以下はあらすじの引用。
物語の進み方
「誘拐サイト」という謎のサイトで6人の顔写真と犯行声明が公開される。犯人の目的も6人の正体も不明。そもそも犯行声明は本物なのか、イタズラ目的の愉快犯なのかも不明。
誘拐サイト上では大手マスコミに対して身代金が要求され、ネット上で徐々に話題となる。警察やマスコミも目をつけ始めるが、半信半疑のまま中々動かず。そんな中、ついに犯人が動き始める――という流れ。
パートとしては主に「犯人パート」「警察パート」「マスコミパート」の3つに分かれ、それぞれの視点が切り替わりながら物語が進む形式。
面白いポイント
物語の冒頭から出てくる謎は「犯人の正体は?」という点と「犯人の目的は?」という2つ。正体については物語中盤で明かされるが、目的はまだしばらく伏せられたまま。
正体と目的が明かされたところで物語は終わらず、次いで「どうやって目的が達成されるか?」という要素が出てくる。犯人は身代金を要求している以上、お金を受け取らないことには犯行は成り立たない。しかし、作中でも出てくる某事件が起きた昭和ならまだしも、警察の捜査力も監視社会化も進んでいる現代舞台でどのように身代金を受け取るのか……という軸で最後まで退屈せずに読める。
フーダニット、ホワイダニット、ホワイダニットを満遍なく使うというのは、ガチガチのミステリ作家じゃないからこそというか、ミステリ作品を初めて手掛けるにあたって意識的にそういう作りにしたように感じる。
あとは犯人、警察、被害者の攻防戦。後半はこれに尽きる。ミステリとしはだいぶ大味で、刑事ドラマの劇場版のような粗さはあるものの、キャラクターの心情等も相まってそこまで気にならない。
感想(ネタバレなし)
読みやすさもあるが、単純に物語が面白くて久しぶりに一気読みした作品だった。内容もネタもそこまで重くなく、良い意味でライトな作品。
序盤はある程度大きい謎(犯人の正体と目的)で引き込み、正体と目的を明かしてから「じゃあどうやって?オチは?」という点で最後まで読ませる作りは見事。ほぼ全ての読者があるパートに肩入れして読み進めることになると思うが、この流れが綺麗だからこその没入感だと思う。
作り以外でいうと、百田尚樹の放送作家としての経歴が活かされている点。真偽はさておき、マスコミがどう動くか?という点に関しては業界に精通している作者が書くことである程度のリアルさを感じる。ニュースがバズったときのネット民や大衆の動きなんかも、TwitterやYouTubeで活動しているからこそという感じ。登場する企業の元ネタが分かる点も、俗っぽい煽り方で上手い。
感想(ネタバレあり)
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推理するタイプの作品ではないなと早々に感じたためとにかく一気読み。誘拐されたのも犯人もホームレスで自作自演と分かってからが特に面白い。
目的が自分たちを社会的に貶めたマスコミへの復讐というのは若干弱いと最初は感じたが、ホームレスのまとめ役の過去(娘が殺害されたこと)への復讐という要素が入ることで一気に犯人パートに引き込まれた。
あとがきか書評ブログで見かけたか記憶が定かでないが、読み進めるうちに犯人の一味になったかのように感じる、という感想がしっくりとくる。冷静に見れば身代金を要求されたマスコミ側の社員にも生活があるわけで、同情する部分もある。が、物語として犯人パートに半ば強引に肩入れさせられることで警察との攻防戦で裏をかきまくる展開でスカッとできて単純に爽快。
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おわりに
ネタやテーマが云々というより、物語の流れとテンポが良い作品だった。フーダニット、ホワイダニット、ホワイダニットを散りばめ、起承転結もしっかりとしている。「こう書けば読みやすい」「こうすれば面白い」という点を抑えて、万人受けすることを中心に考えて書かれた印象。そして実際に読みやすいし面白く、エンタメとして良くできた小説だった。