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小説『その手を取って』(2074文字)
クリスマス直前の中華街で、おかしなものを見つけた。それは干からびた人の手だった。
その日はたまたま横浜に遊びに来ていて、ちょっとした散歩のつもりだった。どうもおかしい。なんでこんなものが道端に落ちているのだろう。
「すみません、どなたか、手を落としませんでしたか」
私は通行人に尋ねた。しかし誰も私の言葉など聞いていないようだった。
仕方がないので、私はそれを拾った。するとそれは私の手にしがみついてきた。私は悲鳴を上げた。慌てて振り払ったら、その手はアスファルトの上に落ちた。
そしてそのまま動かなかった。まるでマネキンの手のように見えた。初めからそうだったのかもしれない。でもやっぱり気になる。
私はもう一度手を拾い上げ、そっと触ってみた。
冷たかった。
でもまだ生きているような気がする。
私はその手を自分のコートのポケットに入れた。
外気よりも少し暖かなポケットの中で、手は少しずつ温かくなってきた気がした。
温かくなるにつれ、だんだんとそれがやはり人間の手のように思えてきた。
もしかするとこれは人間ではないのだろうか? この手の持ち主は、すでに死んでいるのではないか? 私はそんなことを思いながら、横浜の街を歩いた。
「おまえの持ち主はどこにいるんだろうね」
私はポケットの中の手を軽く握ったり開いたりしながら話しかけてみたけれど、もちろん返事はなかった。
ただただ、ポケットの中が暖かくなっていくだけだった。
私は手を持ち帰って、小学生のときに使っていた虫かごで飼うことにした。
その日から私の部屋では、定期的に落ちている手が見つかるようになった。
朝起きたとき、お風呂に入っている間、ちょっと目を離した隙に、床に手が落ちている。あるいは本棚に挟まっている。
ベッドの下に入り込んでいることもある。
もちろん私以外の誰かが部屋に置いていったということはない。もし仮に侵入者がいたとしても、私が気づかないはずがない。
ということはつまり、これは自然に落ちてきているということだ。
不思議なことに、手はいつも生暖かいままだった。
冬場にはありがたい存在だ。夏場なら涼しくていい。夏以外は暖かい。
私にとって手とはそういうものだった。
私はこのことについて少しだけ考えた結果、あの冬で拾った手が、仲間を呼んだのだと思うことにした。
「おまえたちは寂しがり屋だね」
私はそんな独り言を言ってみたりするのだ。
あるとき、部屋の手たちが落ち着かなさそうにぷるぷると震えていた。こんなことは初めてのことだ。
何かあったのかと思い、しばらく様子を見守っていたけれど、結局彼らはただひたすらに震え続けていた。
そのうち一匹の手だけがぴくりと動き、それから他の手たちも一斉に動き始めた。
一体何が起きたのかと思ったら、窓の外を見てわかった。
今日はずいぶん寒いのだ。雪が降っている。
私は窓を開けると、庭に出た。
冬の風は痛いほど冷たい。
雪が物珍しいのか、手がぞろぞろと私の後を追って、部屋から出てきた。
小さな子供みたいに楽しげな様子だった。
「こら、勝手に外に出ちゃダメだよ」
私が叱っても、手たちはまったく聞く耳を持たない。
「まったくもう……」
仕方なく、私も一緒になって外に出る。
庭に降り積もった雪は、踏むたびにキュッキュッと音を立てた。
手たちは歌を歌い始めた。それはとても下手くそな歌声だった。音程もリズムもめちゃくちゃだ。
それでも一生懸命歌っている様子がなんだか愛らしいと思ってしまった。
私は思わず笑ってしまった。
「ねえ、もっと歌ってよ」
私のお願いにも手たちは応えてくれなかった。
歌い終わったあと、またぷるぷると震えていた。
その後で起きたことを、私は一生、忘れないと思う。
空から大きなものがたくさん落ちてきていた。それらは全部手たちなのだ。何百もの手たちが、次々降ってくるのだ。あっという間に地面を埋め尽くしてしまうほどだった。静かだった町のあちこちから悲鳴が上がるのと同時に、歌が聞こえた。落ちてくる手たちが歌を歌っているのだ。
手たちのほとんどは音程なんてまるで取れていなかったけれど、中にはちゃんとした曲を歌う子もいた。それはどこかで聞いたことがあるようなメロディーの歌だったが、タイトルはわからなかった。でもきっと昔の人が作ったものに違いないと思えた。
手たちの歌が止んでしまう前に、私も一緒に歌うことにした。歌詞はほとんどわからないけど、メロディだけ覚えていればいいのだ。私は必死になって手たちと歌った。
その日はクリスマスイブだった。だから手たちはプレゼントのつもりなのかもしれなかった。もしかしたらこれは夢なのかもしれないと思おうとしたが、やっぱり無理があった。手たちはあまりにもリアルだったからだ。
「ありがとう。とっても嬉しいよ。本当に最高のクリスマスだね」
あなたたちが求めるなら、私はいつだって手を取ってあげる。
手たちに礼を言いながら、私はいつまでもずっと歌い続けた。
〈了〉