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モンテ・クリスト伯感想30

※ネタバレ含みます。

シャトー・ディフ

伯爵は心に沸き立った懐疑の答えを求めて、シャトー・ディフへの道をたどる。

かつて捕らえられ、夜道を引き立てられながら歩いた、あの道。

今は陽気な日の光に満ちたあの道。


私はデュマの風景描写が好きだ。

事実描写が淡々と続くことを嫌う人もいるが、私には無くてはならない箇所だ。

この箇所があることで、私は日の光を感じる。
潮風を感じる。
そこに生きる鳥や魚、木々の輝く生命を感じる。

そして、伯爵は自分自身となる。

ダンテスは私なのだ。

悲しみも、苦しみも、迷いも、懐疑も。
そんな感覚に陥る。


だめと知って絶望したときのこと、そして、こめかみにあてられた銃口がまるで氷の輪のように冷たく感じられたときのこと。※1 p.267


伯爵は過去の恐怖を再体験する。
まるで、苦い薬を味わうように。
怒りの炎に薪を投げ込むように。

そして、土牢へ。

門衛から土牢の囚人の話を聞く伯爵。
自分とファリアの交流とその最期が語られた時、伯爵の心に再び復讐心が燃え立つ。

門衛が離れた時、伯爵は壁に残された自分の書き付けに気付く。


しばらく希望を失わずにいたものだった……おれは、餓えと裏切りとを、計算に入れることを忘れていたのだ!(中略)墓場に送られていく父の姿と……結婚式の祭壇に歩みよるメルセデスの姿(中略)《神よ!》と、モンテ・クリスト伯は読んだ。《われより、記憶をうばいたもうことなかれ!》※2 p.276

身を切る父の死、メルセデスの裏切り。

迷いを断つ二つの事実。

牢獄でのダンテスの望みは「忘れないこと」だった。気が狂い、自分が何もかも忘れてしまう恐怖。
それを恐れて書いた壁の書き付けだった。

その望みが叶えられたのだ。

忘れる恐怖。

人々から忘れられることも恐ろしいが、自分が自分を忘れる事こそ真の恐怖なのだ。


全てが思い出され、自分自身を取り戻した伯爵はその場を立ち去ろうとするが、
門衛がファリア司祭の遺品があることを口にした。

はやる心を抑え、それを買い取る事を約束する。

門衛から受け取った遺品はファリア司祭が牢獄で綴った大著。


《主曰く、汝は竜の牙をも引きぬくべく、足下に獅子をも踏みにじるべし。》※3 p.281

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2,422字

モンテ・クリスト伯の感想です。 1巻から7巻まで、感想と個人的な思索をまとめました。

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