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モンテ・クリスト伯感想 23

ネタバレ含みます。


青銅の心

ついにモンテ・クリスト伯の真意に気づいたアルベール。

オペラ座で、伯爵は狂気のアルベールに細心の心構えで臨みながら平静を装う。

自分の桟敷へ乗り込んできた若者へ、いつも通りの挨拶をする伯爵。

アルベールは、独善的な礼儀だとその挨拶を拒否。

このアルベールの苛立ちには多いに同意できる。

礼儀正しいのに、どうも好きになれない人物。

見た目は親しい友人なのに影ではその友人の悪口を言う人。

まさにこの台詞のような人物は「現実」に存在する。

独善的な礼儀とは、自分を正当化するために丁寧な物言いをする人のことだろう。

つまり、対話をしてる相手を尊重して礼儀をつくすわけではなく、自分が批判されないように礼儀正しく振る舞う人。

このタイプは、人目がない場所、礼儀を尽くす必要のない場所では、無礼な人間に早変わりする。

心にもない友情のみせかけ。
これも自分の為の友情。他者を利用しようとする卑怯な振る舞いだ。

おそらくデュマもそういう行動にウンザリしていたのだろうと思う。どこかで吐き出したかったに違いない。

アルベールが精一杯の皮肉を、伯爵に叩き込んでいるシーンで、この台詞を持ってきている。

デュマに限らず作家は、日々思い、感じた事を作中の、自分の分身に語らせる。

登場人物はすべて、人生のあらゆる場面に遭遇した自分自身なのだ。

さて、怒りに震えるアルベール。
それ以上の怒りを秘める伯爵。

極限状況のアルベールに、伯爵は火に油を注ぐような言葉を投げ掛ける。

オペラ座の観客たちが何事かと見つめる中で「モルセール」の名で呼び掛けた。

もはや、伯爵から決闘を申し込まれていると言っても過言ではないこの言葉に、激昂したアルベールは手袋を投げつけて決闘の意思を示そうとする。

しかし、まわりの友人に押し止められてしまう。

伯爵はいつもと変わらない。

もはや乱闘寸前の状況で、立ち上がりもせず、椅子をかしげて手を伸ばす。
もみくちゃの手袋を取り上げて決闘を受けると宣言する伯爵。

目を血走らせるアルベールは桟敷の外へ、伯爵は双眼鏡を手に観劇の続きを楽しむ。


争いの当事者が、穏やかな素振りで、激怒した人物をあしらうこのシーン。

戦いにおいて不動、平静、微動だにしない姿。

これほど強さを誇示できる方法が他にあるだろうか。

絶対の自信。それを支える日々の鍛練。

そして、物事の成り行きのすべてを把握している洞察力と判断力。

伯爵はマクシミリアンに、冷たく勝利を確約する。

このあとボーシャンのとりなしなども挟まれるが、
自分に命令できるものは、自分以外にいない、との名言を出して突っぱねる。

自分の人生の選択は、自分の意思によるという鉄の意思。

観劇の舞台は幕が移り、外す事のない弓の名手「ウィリアム・テル」。

これは、アルベールの運命を暗示するのか。


このオペラ座のシーンは、何かと面白いので、少し肩の力を抜いて少々語ります。


ここの描写はどれも好きです。
アルベールはちょっと可哀想ですけどね。


最初に目をキラッキラさせたアルベールを、オペラ座の平土間(アリーナみたいなところ)に見つけて、わざと違う方向を双眼鏡で見ながら、視線だけアルベールに向けているとか。

アルベールの訪問で、自分の桟敷の鍵が回る音に、細心の心構えで待ち受けるとか。

徹底した計略、伯爵の決意がメラメラと伝わる描写にわくわくします。

対してアルベールは明らかな異常事態なのに、あれ?なんで決闘を申し込むんだっけ?と思うくらい、いつも通りの穏やかな伯爵に戸惑ってしまう。

そうかと思うと、伯爵は皆が注目している状態で、「モルセールさん」と呼んで、一瞬で「あ!やっぱり伯爵が犯人だった」とアルベールに分からせたり。


手袋投げたくても、投げさせてもらえないアルベールが目に浮かぶようです。

(友人たちに羽交い締め&マクシミリアンすかさず手を押さえるというチームワーク完璧な上に、どちらかというと伯爵優遇、大人な対応)

ちなみに手袋を投げるのは決闘の意味だとか。

その様子を見ながらも、伯爵は立ち上がらない。

椅子を前にかしげてアルベールの手袋をつまみ取るという子供扱い。

最終的に「ここは私の城(オペラ座の専用桟敷)だから出ていけ。」
と、外へ放り出されるアルベール。

もう、いろいろと面白いです。
ホントにアルベールは散々ですけどね。

デュマはものすごく緊迫したシーンでも、ユーモアを欠かさない作家です。
人生も同じですね。
客観的に見たらどこかにクスリと笑える部分がある。究極の楽観主義ですね。悲壮感が無い。

これが伯爵一人の時は、また違うんですよね!あの後半のシャトーディフ再訪とか。

さて伯爵、この日がまた黒い衣装なんです。描写がめちゃくちゃかっこいいです。
イメージはイギリス紳士が近いですよね。
すごく姿勢が良くて堂々としているけど、イギリス紳士ほど型にハマらない、ミステリアスという言葉がやっぱり近くて。いいですね。


ほんとに優れた作家がノリノリで書くヒット作品というのは、登場人物に血が通っているというか、不思議なリアリティーがあって、すごく引き込まれます。


漫画家もキャラクターが勝手に動き出すとかよく聞きますし。
ストーリーとか、音楽ならメロディーが降ってくるとか、沸いてくるとか、色々なことが言われてますよね。
そういうのってあるんだなぁと、こういう作品を読むと感じます。


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モンテ・クリスト伯の感想です。 1巻から7巻まで、感想と個人的な思索をまとめました。

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