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小説「百年文通」感想
Kindleの積み本が多すぎるので崩すことにした。できるだけ短い方がいい。ということで選んだこの小説。
中堅ティーン誌で細々と読者モデルをしている小櫛一琉(こぐし いちる)。彼女は撮影で訪れた古いお屋敷で、「引き出しに入れたものが100年前に送られる」不思議な机を見つける。そして、机を通して手紙を送ってきた大正時代の少女・日向静(ひなた しず)と偶然の出会いを果たし、文通をすることになる。マスクを手放せない窮屈な生活に辟易する一琉と、百年後の世界に憧れる好奇心旺盛な静は、手紙を送り合う中で次第に心を通わせていく。しかし、二人が気付かぬうちに、彼女たちの運命を狂わせる大きな事件が迫っていた。令和と大正――遠く離れた時代を生きる二人の少女が織りなす、時を超えた絆の物語。
感想
この小説はコミック百合姫で21年1月号から12月号まで連載していたものをまとめたものらしい。だから、当然、百合小説になる。分量はそこまで多くない。長編と言うには短いし、短編と言うには長い。中編小説といったサイズ感だろうか。サクッと読める小説だね。
あらすじにもある通り、現代の少女が百年前の少女と手紙のやり取りをする物語だ。それだけの、ミニマルな、変化球のないド直球の百合小説だと思っていた。ただの百合小説として侮っていた。百合小説だから、まあ、こんな感じだろうと決めつけていた。だけど、読んでみるとまるで違った。お前の想像力はそんなもんかと嘲笑うかのように、想像のはるか彼方へ展開していった。この小説は2020年代、今じゃなければ決して書けないものだった。
本当に面白い小説だったと思う。百合とか関係なく面白かった。
大正と平成
この小説は2018年と1918年が繋がることで物語が始まる。繋がっているのは古い机の引き出しの中身。つまり、引き出し入るサイズのものを現在から過去へ、過去から現在へ送ることができる。この事に気がついた少女二人が手紙のやり取りを始める。この手紙のやり取りで物語が動いていくんだね。
一人は2018年、平成時代の小櫛一琉(こぐしいちる)という雑誌の読者モデルをしている少女。一人は1918年、大正時代の好奇心満点でお転婆な女学生の日向静(ひなたしず)。この二人が偶然、古い机の秘密に気がついて、手紙をやり取りして、お互いが別の時代に生きていることを知る。時代は違っても、同年代の少女というのもあって、二人は意気投合して、この秘密の文通にのめり込んでいく。
時代を超えた文通ではあるんだけど、お互いが机の前に待機していれば、瞬時に相手のもとにメッセージが届くため、ある意味チャットとかLINEにも似たような、高速でメッセージのラリーができるんだよね。高速文通。
お互いを埋め合う関係
小櫛一琉は十五歳。読者モデルをしているが、特に売れているわけでもない。将来は芸能界に入って大河ドラマに出るのが目標。一琉には妹がいる。名前は美頼(みらい?)。美頼が一琉に届け物をしたら、偶然、編集者の目に留まり、姉妹モデルになり、あれよあれよという間に妹だけ売れていった。美頼は売れっ子になり、一琉は妹のオマケになってしまった。
日向静は十四歳。おそらく裕福な家の子で、当時では珍しい女学生。寿々(すず)という姉がいる。母親はすでに亡くなっているらしく、なにかと寿々が母親代わりに口うるさく言ってくるため、静は姉のことを疎ましく思っている。
二人はお互いの血の繋がった姉妹に不満がある。一琉は妹に嫉妬しているがそれを表に出すことができない。静は何かと口出ししてくる寿々を邪魔者扱いしている。一琉は静を純粋に慕ってくれる妹として、静は一琉のことを口うるさくない、未来のことを教えてくれる、好奇心を満たしてくれる最高の姉として、ばっちりハマってしまったんだよね。
ここからネタバレ。
2020年代だからこそのテーマ
大して歴史に詳しいわけではないけど、大正という時代は日本が暗い時代へ入る一歩手前に位置しているのかな。日本が戦争に突入するのは昭和になってから、満州事変(昭和6年)がきっかけだと思うから、大正の国内は戦争もなく発展していってる時代だったんじゃないかな。サクラ大戦も大正だし、それなりにいい時代だったんだろうね。
ボクは最初、大正時代と文通するってことは、関東大震災(大正12年)が関わってくるんだと思った。太平洋戦争まで射程を伸ばすと20年近く時間が空いてしまうから、さすがにこの作品では手が出せない。だから、静が関東大震災にでも巻き込まれる流れなのかな、と思ったら違った。そもそも、静は神戸に住んでいるので関東大震災には巻き込まれようがない。では、この物語は少女の文通だけで終わるのか。そうではない。重大な出来事が起こる。
それはスペイン風邪だ。ボクはスペイン風邪が出てきた時、「ああ、そうきたか」と虚つかれた気分だった。新型コロナによって世界が大混乱に陥ったことを目撃した時代だからこそわかる。疫病が蔓延するということの恐ろしさ。コロナ禍の時に話題になっていたね。100年前にスペイン風邪が流行していたこと。日本では40万人近く亡くなったこと。新型コロナを経験した今だからこそ、スペイン風邪に注目することができたんだろうね。
百合小説から歴史改変SFへ
一琉はスペイン風邪によって静が死んでしまうことを知った。現代に静が死んだという文献が残っていたのだ。ここで一琉は岐路に立たされる。静にそのことを教えるのか、教えないのか。救うのか、救わないのか。静を救うということは、つまり歴史を変えるということだ。歴史を変えてしまえばどうなるかわからない。
そして、一琉は歴史を改変することを選んだ。静を救うためにできる限りのことを、送れるだけの物資を過去へ送って、情報も送って、とにかくスペイン風邪を流行らせないように歴史を変え始めた。
マジでビックリしたよね。初めの方で間違ってiPhone送ってしまったりしていて、ほのかに歴史改変の匂いは漂っていたんだけど、スペイン風邪が出てから、いきなりSF方向へ舵を切ってくるとは思わなかった。ただの百合小説だと思っていたのに、とんでもないところへ連れて行かれた。はじめからSFではあるんだけど、いきなり歴史改変まで入って、マジでワクワクしたよね。
そして新型コロナへ繋がる
歴史の流れを捻じ曲げて、歴史を改変して、一琉は静を救うことができた。そして、スペイン風邪が解決すると現代では2020年。そう、新型コロナウイルスによって世界が大混乱に陥る。今に地続きで繋がっている物語になるんだよね。
正直ここまで来るとは思わなかった。スペイン風邪で話が終わるものだと思っていた。この小説は2020年から21年にかけて書かれたものだと思われるから、コロナ禍真っ只中で書かれたんだよね。まさか、この小説がリアルに接続されることになるとは思いもよらなかった。
おわりに
舐めててごめんなさい。完全にボクの想像のはるか上を行っていました。負けました。面白かったです。二人ともお互いを信頼し合い、深い絆で結ばれていく様子は百合小説としてもよかったです。
でも、最後の最後で二人が会えるって展開はボク的にはナシかなと思いました。