人生会議
小藪さんの『人生会議』ポスターを見て、人は様々な思いを馳せただろう。残念な結果になってしまったが、私個人的にはかなり良いポスターだったと思っている。
私は19歳の時に父をスキルス胃癌で亡くしている。翌年、逸見さんが痩せ細った身体で癌告知の記者会見を開いた事はかなり衝撃的だった。何故なら、ご本人が癌告知をされていた上にそれを記者会見まで開き公にしたからだった。当時、自身の病を会見で公にする事は殆どなかったんではないだろうか?母と2人で涙ながらにあの会見を見た。心から逸見さんの復活を願った。
今でもスキルス胃癌と言うと、胃癌の中でもなかなか大変な癌だと思う。場所的に気付くのがかなり遅いからだ。当時は完全にほぼ不治の病扱いで、本人に癌告知をするのは御法度だったと思う。実際、父の主治医は泣き崩れる私達に絶対にご本人には知らせないで下さい。と、仰った。余命3か月、長くて半年。逸見さんも恐らく同じだったのではないだろうか。逸見さんも会見をされてから約半年後に亡くなった。
私達家族は父がどれだけ俺は癌でもうすぐ死ぬんだろ?と、疑おうが笑い飛ばして嘘をつき続けた。心の中ではいつもお父さんごめん。と謝っていた。こんな生死に関わる重要な事を笑いながら無かった事にする辛さったらなかった。でも、当時はそれが割と当たり前だったのだと思う。嘘がバレないように笑う。心では号泣だ。あの時の私達の精神状態は尋常じゃなかった。まるでサイコだ。
逸見さんと父が圧倒的に違うのは、病に関して自分自身がちゃんと知っていた事。逸見さんは必ず戻ってきます。と会見で仰っていた。わざわざ公言する事で自身を奮い立たせていたのかもしれない。と、同時に万が一の事も考えていただろう。最期を迎える時、自分の身体の事は恐らく自分が一番わかるのではないだろうか。
逸見さんが万が一の事を家族や友人にお願いしていたかどうかは知らないけど、父はその機会を私達が強制的に奪ってしまった。当時仕方なかった事とは言え、この事は恐らく一生後悔し続けると思う。
小藪さんがこのポスターの仕事を快諾した理由に、お母様を亡くされた際、私と同じ事を感じたからだと仰っていた。
あのポスターはふざけては居ないと思う。不安を煽ってる訳でもない。自分が逝く時、ちゃんと伝えておかなければならなかったと悔やむ事がきっとあると思う。いくら家族とは言え、生死に関わる重要な決断を本人の意思度外視でしなければならないのは相当な覚悟が必要だ。
父の場合、数ヶ月後にはモルヒネ投与され、父が父ではなくなった。会話もままならない。言い方は悪いが、麻薬中毒者とはこうなるのだな。と、目の当たりにした。父は大量に吐血したにも関わらず、気分的にはスッキリだったのか笑っていたのだ。見ていて痛々しかったし、本当に辛かったが一緒に笑わなければならなかった。
あの時こうしておけば…たらればは尽きない。後の祭り。あのポスターは何も今病気で闘っている人とその家族向けではない。万人に起こりうる事なのだ。
父の葬儀の時、お寺さんが仰った事を未だに覚えている。
自分が亡くなった後、一番大変な思いをするのは残された家族。少しでも残された者が苦労しないように、元気なうちに意思表示をしておかなければならない。私は大晦日に掃除をした後、今年1番のベストショットを遺影用に選び、元旦には今年の目標と共に遺書を書く。写真と遺書は箱に入れ家族がわかるようにしてあります。遺書は、もうすぐ死ぬから書くのではなく、元気だからこそきちんとしておかねばいけないものだと思っています。
目から鱗だった。今で言うエンドノートのはしりだと思う。どんな葬儀にして欲しいか、参列して頂きたい人なども詳細に記していると仰っていた。病気ならば、まだ最期に聞ける機会もあるだろうが、事故や突然死の場合は何ともならない。残された家族が困らないようにしておく事は本当に大切なのだと思う。
父が亡くなった後は本当に大変だった。本人が死ぬ事を知らなかった為、どこに何があるか、何を棺に入れて欲しいか、遺影はどれがいいのか?墓はどうして欲しかったのか?身内が亡くなったと言うのに、呑気に写真探ししてる気分にも正直なれない。かなり辛い作業だったが、やらねばならないからやったけど。愛犬と嬉しそうにしてる写真だったが、すでに癌で痩せ細った姿の写真だ。本人はもっと精力的にバリバリの時代の写真が良かったかもしれない。祖父が亡くなった時は、何を棺に入れるかで親族で揉めに揉めてたくらいだ。母なんて怒りながら泣いていた。祖父はあの世で嘆かわしいと思っただろう。
私はお寺さんが仰ったように、ハタチそこそこの結婚前から遺書を書いている。遺書と言うかエンドノートか。脳死の場合や、余命僅かなら延命は必要ないとか、使える臓器があれば移植して欲しいとか。山のように持ってるカメラも売るなり使うなりお好きにどうぞとか、葬儀は必要ないとか。
今世での自分のベストショットはまだないので、写真は選んでないけど。
死人に口無し。残された者はその時になって激しく後悔する。恐らく旅立った者も。
ちゃんと話しておけばよかった。
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