
詩 『薄明に放つ』
渇き切った鍵穴に
不恰好な祈りをすっと射し込んで
キシキシと忘れかけてた呼吸音と
ともに、その鳥籠を開ける
からっぽが
なまった翼を広げようとしている
春だった。
*
果たせなかった
いくつもの約束を
ゆるせないまま
窓辺にそっと置いた
発芽する、空しいフィクションは
あかるみにさらされ
大切に守ってきたはずの
透明な羞恥心が
紅潮した。
カサついた憧憬の肌理に
保湿クリームを塗り重ねれば重ねるほど
消えていく、わたしの輪郭線
潤してくれていたのは
愛じゃなかった
成分表を見ても
どこにも愛は
含まれていない
買い揃えた器を並べて
いつまでも満ちない月を
屋上で探し続ける日々
この星からは見えないのか
わたしだけが見えていないのか
扁桃体から重油が滲み出し
器を満たしていく
照らされることだけに
慣れすぎたせいで
持っているはずの
わたしの光源は
小声でボソボソと呟いていた。
幾層も思い込みを
積み上げても
保たれていたはずの均衡が
思い違いに気がついて
具合を悪くし
とうとう幻想は耐え切れず
地平線に舞い散った。
*
降り落ちた一粒
蒼い夜だった
やわらかな土
あたたかな羽毛布団に
包まれているような心地
来ている気配がした
来ている匂いがした
待っていた
待ち焦がれていた
あなたを
感じたんだ
もう一度
もう一度
何度目でも構わない
強く 深く
思い出せ
萌芽する感覚を
あの時は捨て切れなかった
いくつもの大切なこだわりを
もう抱えなくてもいい
置いていこう
少し身体が浮くかもしれない
一度くらい浮き足立つのも
悪くない
ほら、ゆっくり芽を開いて
眩しさに脅えなくてもいい
すぐそこに
麗かな光を纏った
春が待っているよ
震える瞼がほぐれていく
右芽にはあたたかなきいろ
左芽にはやわらかなももいろ
両芽は優しさに眩み
光世界は青かった。
悲観に水をやり続け
芽を出せないわたしを
いつも待っていてくれていたことに
気づかないふりをして
わたしだけが
待っていると思い込むようにしていた。
あなたの眩しさ
あなたの優しさ
あなたのあたたかさに
わたしは
ずっと見つからないように
隠れていた
会いたいはずなのに
ことばを交わしたいのに
わたしはそれをゆるせなかったんだ。
*
東の稜線に
広がり始める薄明
再び昇りだす燃える命の
光線が
地上へ種子を射し焚べる
芽醒めたわたしは
裸の水のまま
川を下りきり
祈りを灯しに
春の待つ
灯台へゆく
いいなと思ったら応援しよう!
