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濡れれば色を濃くするもの (閑吟集43)

「紅羅(こうら)の袖をば 誰が濡らしけるかや 誰が濡らしけるかや」 (閑吟集)

色は、水に濡れるとその色が濃く深くなる。
目に艶やかに写り、きらきら光って見えたりもする。
雨を避けて小走りに歩く女の服も、その染色された色が濃くなり、煙る雨のカーテンの向こうに映画の情景のように写って見えることもある。

特に生地においてはそれが顕著に現れる。水分を簡単に吸い込み濡れてしまうから、あぶり出しのようにその色を深め、その生地の色が何であろうと際だたせる。

想い人の前に座り、緊張した指のいたずらでこぼれた水をぬぐった手ぬぐいの色も、
想い人の優しい言葉、冷たい言葉に思わずこぼれた涙をぬぐったハンカチの色も、湯上りに濡れた肌の湯を吸い込んだバスタオルの色も、

そして、口移しに飲ませようとしてこぼれた酒が滴った浴衣の色も、
湯上がりの濡れた女の黒髪の色も、
汗に濡れた女の肌の色も。

どれもみな色が違えども、
吸った水の種類は違えども、
紅はさらに赤く、藍はさらに鮮やかに、緑はさらに濃く、
そして白ですらも深い白さを深め、
女の髪の色も、肌の色もそこはそこはかとなく深くなる。

さらに、女の淫の象徴であるその襞も、濡れればさらにその色を艶やかにする。
それは雨に濡れた花の色の鮮やかさにも勝るとも劣らず。

そして、恋をした女の心もその想いに濡れて、その色を濃くするに違いない。

「紅羅(こうら)の袖をば 誰が濡らしけるかや 誰が濡らしけるかや」 (閑吟集)
私の紅の薄衣の袖を、誰がいったい濡らすというの。
それは涙で濡れたのか、汗で濡れたのか、それとも私の湿りが濡らしたのかも。

どれであってもその紅の衣は、その女の心を象徴するように艶やかにその色を染め上げている。

今宵もあなたの心の色は、想い人との情事の記憶にその色を深める。
そして、その色が乾いて元にもどる前に、あなたに会いたい。

そして再び濡らして欲しいと願うだろう。

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