映画『この道』

映画『この道』の感想が出てきました。
何年か前に書いたものです。
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曼殊沙華

GONSHAN. GONSHAN. 何處へゆく、
赤い、御墓の曼珠沙華、
曼珠沙華、
けふも手折りに來たわいな。

GONSHAN. GONSHAN. 何本か、
地には七本、血のやうに、
血のやうに、
ちやうど、あの兒の年の數。
GONSHAN. GONSHAN. 氣をつけな、
ひとつ摘んでも、日は眞晝、
日は眞晝、
ひとつあとからまたひらく。
GONSHAN. GONSHAN. 何故(なし)泣くろ、
何時まで取つても曼珠沙華、
曼珠沙華、
恐や、赤しや、まだ七つ。

北原白秋『思ひ出』より 

まず、この詩を声に出して読んで欲しい。独特のリズムが、言葉が流れるように入ってくるだろう。
先日、童謡誕生100年を記念した映画『この道』を観た。感想文というのは本当に苦手だが、思うがままに書いていこうと思う。

『この道』は稀代の詩人・北原白秋とエリート音楽家・山田耕筰の出会いと友情、日本歌謡誕生を描いた物語である。監督は『陽はまた昇る』(02)や『ツレがうつになりまして。』(11)などを手掛けてきた佐々部清。北原白秋を演じるのは『ハゲタカ』(09)や『アウトレイジ 最終章』(17)など、日本映画に欠かせない存在となっている大森南朋。山田耕筰役は、EXILEの中心核としての活動だけでなく映画やドラマなど様々な分野で活躍しているAKIRAが務めている。
北原白秋といえば、国語の教科書あるいは音楽の授業でお馴染みの名前だ。興味がなくとも、記憶の片隅に刷り込まれているような。もし名前を知らなくても、彼が作詞した歌は知っているかもしれない。『待ちぼうけ』『からたちの花』この映画のタイトルにもなった『この道』……
白秋の詩に曲をつけたのが、日本初のオーケストラを作るなど西洋音楽の普及に貢献した山田耕筰である。特に、『待ちぼうけ』は音楽の授業で習ったという人も居るのではないだろうか。私も音楽の授業で初めて聞いた時、歌詞と耳に残るメロディーに衝撃を受けた思い出がある。

感想としては、二人についてあまり知らなくても分かりやすく、楽しめる内容であった。ある程度の知識があればより楽しめるかもしれないが、逆に物語に集中できなくなることもあるので、ちょっと知っているぐらいが丁度良いのかもしれない。子どもがそのまま大人になったような、自由奔放の北原白秋と振り回されながら(?)もうまく転がす山田耕筰。二人の関係性は言わばブロマンスのような、友情というより夫婦の掛け合いを見ているような気さえしてくる。二人が初めて会った場面。お互いの意見がぶつかり、取っ組み合いの喧嘩に発展してしまう。投げた物が当たったりぶつかったりした時の「大丈夫か?」とお互いを気遣いながらの取っ組み合い。意気投合した後のハグや作曲中のやり取り。所々に表れるほのぼのとした二人の雰囲気が、刺さる人には刺さると思うのだが……。また、与謝野鉄幹・晶子夫妻、萩原朔太郎や室生犀星など、白秋の周囲を取り巻く人々との関わりも見どころの一つである。面倒な酔っ払いになる萩原朔太郎とその世話をする室生犀星、姉的存在として白秋を支える与謝野晶子……。

ほっこりするシーンの多い、笑いあり涙ありの映画で、時々劇場のあちこちから笑い声が湧いていた。ぐるりと小さな劇場を見まわしたが、観に来ている人は年配の方が多く、私と同じぐらいの年齢の人は殆ど居なかった。(二回観に行って、どちらも一番若い自信があった)
全体的に駆け足で、特に前半部分は白秋のキャラクターやその周囲の人々の関係を表すためかエピソードが詰まっていたものの、物語としてはうまくまとまっていたのではないかと私は思う。劇中に島崎藤村の『若菜集』が白秋の心の支えとして最初から最後まで登場しているが、知らない人から見ると分からないかもしれない。少々説明不足な部分があったように感じる。また趣味が趣味のため、セットに置いてある本に目が行ってしまったのだが、「出版された年と場面が合わない……?」と気になったことはここだけの話にしておく。

が、映画自体はとても良かった。北原白秋と山田耕筰の友情と日本歌謡の登場を描いている同時に、言葉や音楽の持つ力や素晴らしさを描いている映画でもあると私は思う。関東大震災直後の場面、小田原に白秋を訪ねてきた耕作はバイオリンで童謡『ちょうちょう』を弾く。バイオリンの悲しくも優しい音色が震災直後の壊れた街に、人々の心に響いていく。言葉や音楽に瓦礫を動かしたりする力はない。だが、傷付いた人々の心に寄り添い、励まし、希望を見せられるのは言葉や音楽である。思わず声に出して読みたくなる、独特のリズムを持つ白秋の詩と耕作の生み出すメロディーが合わさった時、一体どれだけの人の心を癒し、動かすことだろう。その後、日本は戦争の時代を迎える。出征する若者たちの背を押すのも、詩であり音楽であった――。
映画を観た後、私は読みかけのまま置いていた現代文学大系の『北原白秋・高村光太郎、宮沢賢治集』を本棚から引っ張り出しては読んでいる。
しばらくは二人の生み出した童謡を聴きながら、白秋の詩に浸る日々が続きそうだ。

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