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欧州の伝統製法チーズと米国の工業的チーズの争いー気候変動の問題はどう絡む?

読書会ノート。ポール・キンステッド『チーズと文明』第9章 新旧両世界のあいだ 原産地名称保護と安全性をめぐって

1994年、関税及び貿易に関する一般協定(GATT)のもと、ウルグアイ・ラウンドの議定書に米国と160か国が調印。そして世界貿易機構(WTO)の設置が規定に強制力を与えた。これによって参加国は貿易上、平等な立場にたった。

しかし、知的財産権や製品の安全基準を巡る問題に合意は難しく、その代表例として米国と欧州の間にあるチーズに関する摩擦がある。EUが地理的表示(GI)保護の包括的世界基準を狙い、米国はそれに対抗しようとする。

例えば、フランスのロックフォールがGIと認められると、米国ではロックフォールという名称をチーズに使えなくなるからだ。そこで米国では、これらの名称が既に一般名称化していると主張する。米国政府は欧州の先祖のチーズ文化が米国で「自分たち」のものになったのだとする。チェダー、エメンタール、パルメザン、モッツアレラと対象は多い。

一方、欧州の機関は伝統技術、製法、土壌、気候、地形をも視野に入れ、原産地固有の条件が差異化に繋がっていると考える。したがって複製不可能であり、GIが意味をもつと主張するのだ。フランスでは1919年、ワインの原産地呼称統制(AOC)をつくり、その他の食品にも拡大し、ロックフォールは1925年に認可されていた。

EUの原産地名称保護(PDO)制度の設置は1992年である。150種類以上のチーズがPDO認可を受け、フランス、イタリア、スペイン、ギリシャが多く、19世紀以降、工業化した農業に舵をきっていたオランダ、イングランド、デンマークはPDO認可された数が少ない。小規模な生産者が経済的存続の危機にあるからこそ、PDO拡大はEUにとって緊急のテーマである。結果、EUは既に一般化している名称もPDO化しようとしており、米国側は警戒せざるをえなくなる。

歴史と文化が絡むとアイデンティティも絡み、お互い感情的にもなる。大きな障害である。

そしてPDOの保護規定のEU外への拡大は、米国での安全規制とも衝突する。米国の食品医療局(FDA)は、生乳に対して多くの規制をもち、EUは生乳は伝統的製法に欠かせず、FDAの規制とは別の方法で安全を確保できるとの路線をとる。「等価性の原則」である。低温保持殺菌がある国で義務化されても、その他の国々で同レベルの公衆衛生保護が達成できるのであれば、低温保持殺菌以外の方法を用いて基準を満たすことができる、とするものだ。

この原則を初めて適用したのが、生乳チーズを禁じているオーストラリアだった。1998年、スイス政府はエメンタールなど3種類、2002年、イタリアはパルミジャーノ・レッジャーノなどを申請し、いずれもオーストラリアから認められたのだ。

また、伝統製法を支持する人たちは米国内部でも増えてきた。持続可能な農業、動物の福祉、無添加食品、職人の手作り食品、牧草で育てる牛、これからへの重視がコスト抑制の量を重視した食糧システムへのアンチの動きとなている。

今後、どうなるのか?

<分かったこと>

拙著『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?』のなかで、2018年3月、スローフードがフランスのINAO(国立原産地名称研究所)の決定に警笛を発したことを書いた。INAOは2021年よりカマンベールチーズに低温殺菌のミルク使用を認めるとしたのだ。

これは多国籍企業のラクタリス社の「ノルマンディーで生産されたカマンベール」というPDOに似た表示が、その10年前に認められたことに端を発している。

2018年の新しい規則ではPDOは生乳、もう一つは「低温殺菌ミルクが30%のローカルの牛からのもの、70%の牛の生育地は問わない」という。PDOのものは米国に輸出できないが、年間生産量の1%しかないとの現実が一方にある。キンステッドが指摘するように、伝統製法の経済的危機である。

本書に触れていない、もう一つの動向がでてきている。気候変動に絡む話だ。牛のゲップがメタンを排出することが問題視されているが、以下のグラフはサプライチェーンにおけるプロセスごとのガスの割合を食品ごとに出している。

https://ourworldindata.org/food-choice-vs-eating-local

このデータからすると、チーズは気候変動の「悪者」として3位にランクされている。記事では「何処のものを食べるかではなく、何を食べるか?」が問題であり、輸送中のガス排出は大きな問題ではないと指摘している。

つまり、気候変動の観点からみると、放牧された牛のミルクを使った伝統製法のチーズであろうと、必ずしもポスト量産工業化時代のあり方として大きな声では言いずらい事情も孕んでいることになる。

より洗練された思考が求められているのだ。


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