姓名占い
ごく平凡な苗字に、ごく平凡な名前を授かり、平均的な体重で誕生した。それから20年、徐々に平均的な体重とは遠ざかっていったが、姓名が変わることは今のところ無く、未だに名前を読み間違われたことは無い。名前とは人を区別するためにつけられるものだが、それが機能しているかと言われれば、僕の場合は微妙なところだ。
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春休みに入ってから、怠惰な大学生はより怠惰になった。起床したら既に午前は吹き飛び、世間はランチタイム真っ只中なのは当たり前の事だ。生活リズムは社会よりも6時間遅れで進行し、夜行性の大学生がまた一人札幌市北区に生まれた。
しかし折角の長期休暇、このまま無為に過ごしてしまうのは勿体ない。読書家だったあの頃を思い出し、久しぶりに小説を読むことに決めた。一度距離が離れたものを急に再開するのは難しいので、雰囲気から入ることにした。家では小説が読めない体になっていたことにややショックを受けた。
ある穏やかな午後(起床してから2時間しか経っていないが)、家から徒歩数分の距離にある喫茶店へ向かった。今時はGoogle Mapで『喫茶店』と打ち込むだけで良い感じの喫茶店が見つかるので、超絶怠惰大学生にも優しい世界になったなとしみじみしてしまう。
ジーンズのような紺色に塗られた扉を開くと、既に珈琲の深い香りがした。家にあるちゃちな木目調の机とは違う、原木を切ってそのまま机に加工した洒落た席に通された。深煎りのブレンド珈琲と、特製のカスタードプリンを頼んで、早速小説の一頁目を捲る。
話の導入を読み終えた頃、珈琲とプリンがやってきた。苦みと甘みが共存する深煎りの珈琲は、優しい甘みのプリンにとても合う。この前までは無糖の珈琲を飲む人間は舌が馬鹿だと思っていたが、今では無糖の珈琲の美味しさが分からない人間の舌は馬鹿だと意見を180度転回させている。
このタイミングで斜向かいにいた大学生の男女2人組が去って、代わりに僕の親と同じかやや若いくらいの女性2人組が座った。声のトーンからして、いかにも長話が好きなタイプだった。
「○○さんの子供、15画らしいよ〜」
「15画?苗字合わせて?」
「そうそう」
「え、すんごく少ない!珍しい〜」
確かに姓名合わせて総画15画は珍しい気がする。僕の場合苗字だけで15画を優に越えている。
「画数的に良かったらしいよ」
「そうなんだ!私も名前つけるとき姓名占いしたな〜」
この世には姓名占いというものがある。それによると姓名の画数だけで人様の人生に口を出せるらしい。そんなので人生に甲乙がつくのなら、この世界はもっと簡単な仕組みで事を進めて行くだろう。
「○○さんのお兄ちゃんって何歳だっけ」
「2年生だから、七歳?八歳かな?」
「もうそんなに大きくなったの!?」
「そろそろパートはじめよっかなって言ってた、そいえばさ」
「なになに?」
「私もパート再開しようと思って」
コロナウイルスの流行で一度パートをやめたらしい。たしかに休業状態であってはパートも何も、客が来るはずがない。
「でね、何日からはじめようか迷ったんだけど」
「うん」
「名前的に27日がエクストリーム大吉だから、27日から再開することにしたの」
今、エクストリーム大吉って言った?聞き間違いでなければエクストリーム大吉って言ったよね?人生で初めて大吉に修飾語つけてる人見たよ?
「エクストリーム大吉なんだ〜、それは良いね!」
何でサラッと受け入れてんの??エクストリーム大吉って言葉に疑問抱かないの???
「私もパート始めようかな〜」
「良い日あるか占ってみたら?」
「えっとね...26日タレント大吉だって!!」
「えぇ〜めっちゃいいじゃん!!!」
タレント大吉?今は名前だけで才能の芽生える日も分かるんですか??
「クリエイティブ大吉か迷うな〜」
「たしかに〜」
次から次へと湧き出てくる、知らない大吉の名前に、必死に笑いを堪えながら耳を傾ける。僕の知らない世界がそこにはあった。
「この日クリエイティブ大吉だからパート探そうかな」
その一言で会話は締め括られ、1時間に及ぶ占いの話は2人が喫茶店から退室することで終わった。ファンタジー小説にも劣らない展開が目の前で起こったが、あの女性たちにとってあれは空想ではない。同じ現実にいるはずなのに、あれが現実であったとは思えない。冷静になって、再び小説を読み進める。手元のファンタジー小説の方が幾分か現実味があった。
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