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男と女、夜間飛行の寓話

瞳を閉じて、未来から過去の投影に身をゆだね、意識が映写したモノクロ・フィルムを捲り返します。夜間飛行と題して、有名なサンティグジュペリの小説やゲランの香水を語らずに、ご容赦ください。ただ、市井に生きるしがない夜話を白状するに過ぎません。

社会人3年目ごろの若かりし頃、男女友人で渋谷道玄坂で飲んでいたら、2次会の夜更けも忘れ、いつしか終電時刻を過ぎていた。お酒好きの同僚かつ映画を見に行った程度の彼女は、都外遠くの実家まで送らないと帰れない。飲み仲間は「お疲れ、なになにちゃんよろしくね〜」と言って解散していった。二人でタクシーに乗り世田谷区の会社寮まで来てもらい、近所の駐車場で、若気の至りマイカーローンで購入したホンダのクーペを駆動した。246号線三軒茶屋から首都高速に入り6号向島線へ進み、隅田川沿いに下町を北上すると、夜景のパノラマが広がっていく。ロマンチックなはずなのに、軽妙なおしゃべりネタは途絶え、アンニュイな音響が包み込む。車中の二人は静まりかえり、互いに淡い光を放ち、微かな夜想がめぐるのみ。車体もほろ酔い加減か、何故かこの時に限って、鈍いノイズを立て不安を煽ってくる。都心の灯りも尽きて、暗闇の東北自動車道へと突っ走ると、岩槻バイパスのインターチェンジ周辺で、派手なネオンが眩いラブホテル群が眼前に迫ってきた。ふと、彼女の思わせぶりな一言「ここね、みんな気になるみたいなの~」って、いったいどういうこと。邪念に気持ちを揺さぶられつつ、県下の国道にハンドルを切り、深夜2時半頃、無事にたどり着いた。

静寂な一軒家、幸い両親は出てくることなく玄関ドアを開けて「じゃあね、バイバイ〜」と瞬く間に消え去った。それにしても深酒運転なわけで、帰路は高速に乗らず一般道をひた走るが、二日酔いと眠気に苛まれ、赤信号をすっ飛ばしてヒヤリの連続。愚行を告白するに、危ない橋を疾走、いや浮ついた心だけが儚く夜間飛行していた。例えるなら、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」が綴る友情や利他心は脆くも溶けて、虚無感に薄っすら覆われていく。やっとのことで、寮の狭いベットにまどろんだ矢先、普段は冷笑的な彼女だが、さすがに気掛かりになったか「大丈夫、着いた?」と電話が掛かってきた。もうろうとしたまま、何事もなかったように出社したものの、一日中睡魔に侵され続け仕事どころではない。机を挟んだ真向いの彼女は、意外に元気そうで、Coquettishな笑みを浮かてべる。「Come on~、Give me a break 」勘弁してくれと言いたいが、ひっそり引出しにしまった。

出来事のPerception(感じ方)は人それぞれなのでしょう。ふりさけみれば、移ろいやすく小悪魔的な女性にはとても敵わない、いっぱい食わされてしまいがち。特に若い頃って、男性の精神年齢は女性より概して低いという評価は否めない。Femme fatale (ファム・ファタール)は御免被るが、男という生き物は、女性に翻弄されてほろ苦い修行を積み、大人に成長するといえる。フランス映画「男と女(Un homme et une femme)」ボサノヴァ/サウンド・トラック(フランシス・レイの名曲) が流れるような情感とは、夢のまた夢。でも、現実だって可笑しくも香り高い間合いはあるものです。さりながら、恋愛など到底語れない、そんな甲斐性や資格さえもない。



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