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シリーズ「新型コロナ」その14:国全体の連携はとれているか?

感染症対策のネットワーク構築

去る4月16日、二度目の緊急事態宣言発出の記者会見で、安倍首相は、記者から今後の対策について問われて「確定的なことは何も答えられない」という趣旨の回答をした。
もちろん、この新型コロナウィルス感染症対策に関し、今は誰も確定的なことなど言えないだろう。まだ闘うべき敵の全貌さえ見えていないのだ。
私たち市民は、確定的なことを答えてほしいわけではない。「どうするつもりなのか」を答えてほしいのだ。その「つもり」が、状況に応じて変わってもかまわない。事実、状況は日々刻々と変化している。新型コロナウィルスに関する新しい知見も、随時更新されているだろう。それに合わせて対策も更新されてしかるべきだ。
見えなければならないのに、見えていないのは、国の対策の「グランドプラン」である。
現政権は、何かにつけ「専門家や、各都道府県と連携をとって・・・」といった言い方をするが、今、関係機関は、日本全体として本当に連携がとれているのだろうか?

今、新種の感染症が発生し、それが全国的に蔓延しようとしている状況の中、それへの対策を全国的に展開しなければならない事態になっていることは言うまでもない。
そうした事態のとき、是非とも連携していただきたい専門機関には、どのようなものがあるか、急場しのぎではあるが、私なりにざっと調べてみた。

●まず、当然国の「新型コロナウイルス感染症対策本部」がある。
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/novel_coronavirus/taisaku_honbu.html
この対策本部では「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」というのを発表している。これについては、シリーズ12でも少し触れた。

●全国の都道府県レベル、市町村レベルにも、それぞれ対策本部があるはずだ。
具体的に言うと、各地方自治体ごとに「感染症医療体制協議会」あるいは「感染症診査協議会」といったものがある。

●地方衛生研究所
ウィキペディアによると、地方衛生研究所とは、日本の地域における科学的かつ技術的に中核となる機関として、その専門性を活用した地域保健に関する総合的な調査及び研究を行うとともに、当該地域の地域保健関係者に対する研修を実施する研究所である。

●全国各地の医学系の学部を持つ大学には、疫学だけでなく、感染制御学や公衆衛生学などの分野の専門家がいるはず。

●国の研究機関としては、もちろん「国立感染症研究所」がある。
https://www.niid.go.jp/niid/ja/

●国立国際医療研究センター(国際感染症センター)
http://dcc.ncgm.go.jp/
ここは、国立感染症研究所とつながっているようだ。

●一般社団法人 日本公衆衛生学会
この団体では、3月27日、「新型コロナウイルス感染症対策についての声明(第2報)-流行拡大阻止と爆発的流行に備えた医療体制整備の要望-」というのを出している。
これは、国、地方自治体、保健所、医療機関、研究機関、そして企業や国民全体に向けて、必要な感染拡大防止対策を包括的に提言している、まさに「グランドプラン」と呼ぶにふさわしい要望書だ。
https://www.jsph.jp/covid/files/seimeidainihou.pdf

この要望書で特に私が注目しているポイントは、保健所の役割を非常に重要視している点である。
保健所は、地域の疫学的分析やクラスター対策の要であり、感染者へ医療が適切に提供できるよう地域の医療体制と医療環境の整備に努める役割も担っているため、そこへ総力を結集する必要があり、さらに、そうした役割は、都道府県を跨いだ保健所設置自治体間の協働作業として行うべきであると強調している。また、集中的に指揮調整を行う強力な組織の構築が場合によっては求められる、としている。

この要望書に対して、政府が現在どこまで応えられているのか、まさにそこを知りたい。
すでに挙げたように、国の対策本部も「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」というのを発表している。
日本公衆衛生学会の要望書と国の基本的対処方針とを読み比べてみると、何が強調され、何が曖昧になっているかがよくわかる。私なら、日本全体がどのように連携すべきかが強調されている日本公衆衛生学会の考え方の方を、グランドプランとして採用したいところだ。

●公益社団法人 日本看護協会
https://www.nurse.or.jp/
日本看護協会では、看護学の立場から、新型コロナウィルス感染症に関する様々な情報発信や政府に対する要望書の提出など、幅広く活動しているようだ。
また、この団体では、感染症看護専門看護師および、感染管理認定看護師の資格認定を行っている。この専門職は、主に病院などの医療機関に所属し、医師、薬剤師などと院内感染対策チームや同様の委員会などを構成して、日常の看護業務や病院内全般における院内感染の防止など感染症対策を行う役割だ。
院内感染が頻発し、それに伴う医療崩壊が懸念される現状では、この専門職の果たす使命は大きいだろう。

●全国保健所長会
http://www.phcd.jp/02/soukai/pdf/soukai_2017_tmp13.pdf
平成29年10月30日の全国保健所長会総会シンポジウムにおいて、地域の感染症対策のために、どのようなネットワークを構築すべきかの提言がなされた。
その主旨は、地域の各保健所がハブの役割を果たし、地方衛生研究所、各医療機関、医師会、薬剤師会、高齢者施設がネットワークを組み、それを各医療圏単位のコアな組織として、さらにそれらを都道府県全体のネットワークとしてむすぶかたちで組織を構築するというものだ。(この記事冒頭の図も参照)
これは、先の日本公衆衛生学会が出した要望書の趣旨とも合致している。
それが今、どこまで実現されているかはわからないが、今こそ必要な組織体制ではないだろうか。

ところが、その肝心なハブの役目を果たすべき保健所は、今どのような状態か?
4月2日発表のNHKのレポートによると・・・
保健所の職員たちは、朝からひっきりなしにかかってくる電話相談に応じ、そのうえPCR検査のため保健師が医師とペアになって、昼夜を問わず現場に向かい、防護服に身を固め、検体を採取し、それを検査機関に運んでいるという。こうした中核業務のほかにも、濃厚接触者の特定・健康観察および感染者の行動履歴の確認などもこなさなければならない。そうした日々発生する現場の業務に忙殺され、職員たちは疲労のピークにあり、誰かひとりでも具合が悪くなって業務から離脱したら、それで終わりだという。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200402/k10012363911000.html

このままでは、医療現場どころか、日本の「新型コロナウィルス感染症対策」自体が崩壊しかねない。
保健所は、できればPCR検査に直接携わるべきではない。一般的な電話相談も、感染者や濃厚接触者の調査・観察も、他の機関に代行してもらった方がいいのではないだろうか。
先日は都の医師会が、保健所を通さずにPCR検査ができるようバイパスを設ける宣言をした。それはもちろん早急に実現すべきだし、おそらくそれでも足りないだろう。保健所の業務の大半を肩代わりできる代替的な体制を作るか、ないしは保健所に代わって感染症対策全体のハブの役割を果たす組織を新たに立ち上げるかする必要があるだろう。

以上、感染症対策に関連しそうな組織・団体をざっと挙げてみた。私としては、国の専門家会議のメンバーとして、こうした関連団体からまんべんなく人が派遣されていてしかるべきだと思うのだが、実際のメンバーは、国立感染症研究所と大学の先生たちで大半を占め、それ以外の団体からは、ただの一人も参加していないのが実情だ。これでは、どうにも狭い範疇に凝り固まってしまって、事態が硬直し、柔軟な対策など出て来そうにない。実際、今の全体的な対策が功を奏していないとしたら、その根本的な問題は、対策策定現場の組織構造にあることは、前回のシリーズ13ですでに指摘した通りだ。
感染症に関する専門機関に限って見ても、国の専門家会議に、ただでさえ偏りがあるところへ、専門の枠を超えた関連団体からは、参加すべくもない、という印象だ。
私はすでに、このシリーズ10で、感染症に関する医学畑の分野は、対策の全体像からすると、4分の1にすぎないことを指摘した。
そういう観点からすると、せめて次の団体ぐらいはメンバーに含めてほしいところだ。

●一般社団法人 日本リスク学会(日本リスク研究学会)
この学会は、健康、安全、環境へのリスク問題を、個別学問分野を越えて学際的な展望のもとで取り扱うべく設立されたようだ。
この学会では、2月18日に、新型コロナウィルス感染症に関する議論の場として特設サイトを開設している。
http://www.sra-japan.jp/cms/2019-ncov/

私たち市民には、このような緊急事態において、自分たちの健康、安全、社会生活の永続を確保するために、どのような専門家に対策を委任すべきか、選択の権利があるはずだ。そういう観点からすると、私は現状にまったく満足していない。むしろ不安の方が大きい。この国難に及んで、政府はどのような人員体制で臨むのか、そのグランドプランをしっかり示してこそ、私たちは安心して任せられるはずであり、国の政策に積極的に協力しようという気にもなれるはずだ。政府は、こうしたことに説明責任を果たす気があるのだろうか。それとも、説明できる内容を持たないのだろうか。

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