“他人からの見られ方が先行して、僕の心は置いてきぼりになっていた。でもそれはやめようって。そう決めてからは、僕の好きな生き方ができてるなって感じてる”
19.Yo Tashiro / サーフ&ウォーターフォトグラファー
サーフ&ウォーターフォトグラファーのYoさん。「優しい人を増やしたい」という心念のもと、宮崎を拠点に写真を撮る彼は、実は宿作りをするために移住したという。
ビジョンは同じまま、自分らしい生き方の先に見つけた表現を仕事にしている彼に、お話を聞きました。
■Yo Tashiro (タシロ ヨウ)
サーフ&ウォーターフォトグラファー。
在学時代に世界各地で宿泊したゲストハウスやホステルに感銘を受け、「優しい人・自然が好きな人を増やす」という情熱のもと、宿を作るべく宮崎に移住。
現在は同じ心念のもと、サーファーの目線で見る自然の美しさを写真で表現している。職場は海。
ライフスタイルマガジン『OCEANS』や自然の中のセカンドホームを提案するSANUのニュースレターなどにて写真は掲載されている。
Instagram: @yo_tashiro_
note: @tashirochan
_今の仕事を始めたきっかけは?
サーフ&ウォーターフォトグラファーになったのは、流れかな(笑) もともとなろうと思ってたわけじゃないのよね。
優しい人を増やしたいっていう想いが強くあって…俺の中で、それを実現させる方法は宿を作ることやった。
そう思うきっかけはモロッコで泊まった宿だったんだけど、そこでの生活が本当に素晴らしくて。
朝はヨガして身体を温めて、搾りたてのフルーツジュースを飲んだらみんなでサーフィンして。昼間は仕事をする人もいれば、読書したり、昼寝したり、観光したり…それぞれ自由に動くけど、夕方になったらもう一度、みんなでまた、海に行く。
夜ご飯は、みんなで大皿を囲んで盛り上がって、それで心地よい眠気が21時くらいに来たら、じゃあ明日もサーフィン行こうねって言って寝る。
そんな毎日を過ごしているうちに、自分の心がどんどん丸くなっていくことを感じたんよね。
もともと街大好きな僕が、自然と共に過ごす生活の中で心が和らいで行く体験をして、これをもっと多くの都会の人ができれば、世の中はどんどん優しくなる確信があった。
そういう場所を作りたいと思って宮崎に移住したけど、いざ物件を探したり交渉したりしていると、うまくいかないことが続いて。
もういいや、好きなことに明け暮れよう!と思ってサーフィンばっかりしてた時に、改めて自分が海に入って見る景色の美しさに見惚れたのよね。
この景色を撮りたいな…撮ってみよっか…そう思ったのが直接のきっかけかな。
_今の仕事を始めるのに不安はありましたか?また、それはいつ乗り越えましたか?
不安は…なかったって言ったら嘘になる。
今もあるし、初めは宿作り一択って気持ちで宮﨑に来たから、実現できてない自分に焦りもあったよね。
でも大好きなサーフィンに存分に時間を使って、綺麗だと思う瞬間を撮って。それでお金をいただけてるミラクルの中で今を生きてるってことは、この道でいけって言われてるようにも思うから、不安も含めて楽しんでる。
_発想やクリエイティビティの源泉は?
形は変われど、俺のビジョンは一緒やからさ。
「優しい人を増やす」
「自然が好きな人を増やす」。
それを、水面の煌めきとか、サーフボードからあがる水飛沫、僕たちサーファーが見てるこの景色を街の人たちも知れたら、人にも自然に対しても、優しくなれるんじゃないかなって、思うのよね。
いいものはみんなとシェアしたい。
それは心の根にあるね。
_今日までに学ぶのに最も時間がかかったことや教訓を教えてください
生きたい自分を生きることかなぁ。
前はね、Backpackers’ Japan のヒロさん(本間貴裕さん、現SANU代表) と宿のビジョンが偶然同時期に、同じことを描いてたから、ありがたいことに「一緒にやろうよ!」って言ってもらえて、すごい嬉しかったし、めちゃくちゃ気負ってた。それが、ヒロさんたちが好むような言動とか、ヒロさんならこうするかなって後を追うような形になっていたのよね。
それがすごい苦しかった。
「有名になりたい」「若いのにすごいって思われたい」「女の子にモテたい」とか、他人からの見られ方が先行して、僕の心は置いてきぼりになっていた。
でもそれはやめようって。
他人にどう思われたいか、じゃなくて、僕の生きたいように生きようって。そう決めてからは、僕の好きな生き方ができてるなって感じてる。
サポートくださりありがとうございます!ご支援いただいたことを糧にこれから制作をがんばります。