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後払いのトイレ:Anizine・写真の部屋(無料記事)

月に二回、金沢に行っています。東京から金沢までは北陸新幹線で2時間25分。さっき台北から帰ってきたのですが、飛行時間は2時間40分でした。前後の手続きなどは別として、乗り物に乗っている時間はほぼ同じです。先月はソウルに行きましたが、およそ2時間20分。金沢と大差ありません。

というわけで、ちょっと時間が空くとアジアの国に遊びに行くのですが、旅の醍醐味は「子供になれる」ことだと思っています。言葉のわからない初めての国で電車に乗ったりレストランで注文するときなど、5歳の子供になった気がします。となりにいる人が「ここに切符を入れるんだよ」と教えてくれたりして。こちらはもう頭がハゲ切っているというのに、です。

その子供に返る体験というのはかけがえのないものです。私たちは普段、東京メトロやファミリーマートで何も考えず、ノールックで目的を達成することができます。慣れているからです。しかし外国に行くと勝手が違うので、すべてのことを「理解」しなくてはなりません。極端に言うとその楽しさを味わいに行くだけだと言っていいでしょう。切符の自動販売機や、見たことがない紙幣を、ノールックどころか、目を皿のようにして岸部シロー並みにルックルックしなければ、何一つ問題が解決できないのです。

しかし自力で問題を解決できたときのうれしさは格別です。次からはできるようになるのです。脳は、学び、理解し、達成することに快感を覚えます。何度も行ったことがある国ではその感慨が薄れていきますから、さらに未踏の地を目指すことになります。台北に行くときは前回残したお金をいくらかとチャージしてあるPASMOみたいなカードを持っていくので、着いた瞬間から困りません。ノールックです。

最近はどこの国でもキャッシュレスになっていますが、以前は現地の空港に着いた瞬間に外貨に両替をする必要がありました。「まあ、カードがあるからいいだろう」なんて思っていたら、ヨーロッパではよくあることなのですが、トイレが有料なんですね。『大のほうのウンコ』がしたくなって公衆トイレに駆け込もうとするとおばちゃんが「ダメダメ」と言います。現地のお金を持っていないのだ、とカタコトの日本語で説明するのですが、カタコトなうえに日本語ですから通じません。何とか後払いにしてもらって事なきを得ましたが、危ないところでした。初めて訪れたその美しい国の第一印象が「ウンコ漏らした」になることは避けられました。もちろん両替をしてからおばちゃんに小銭を届けに行きました。

若い頃は仕事のロケで外国に行くことが多く、コーディネーターがついてくれる環境ばかりでした。通訳を始めとして何から何までやってもらえるので困ることがありません。これだと見知らぬ国に行っても5歳にはなれません。「どこの国に行ったかなあ」と思い出すとき、ビジネスでコーディネーターがついていた場所の印象はことごとく薄いのです。しかし自分のチカラでトイレを後払いにした経験は忘れることがありません。

友人の写真家で、毎月のように外国へ撮影に行っていた人がいました。彼はすべてをコーディネーター任せにするのが日常だったので、実は何もわかっていませんでした。たまたま独りでトランジットをすることになったとき、広い空港のターミナルを間違えたそうです。大きな機材ケースをいくつも持ってターミナルを移動しなくてはならなくなり、電動カートに乗った空港職員に荷物を運んでもらおうとしたそうです。彼は英語もできないので意思の疎通ができません。チップを払うから乗せてくれ、という意味だけはなんとか伝わりましたが、現地の通貨を持っていません。ポケットに入っていた一万円札を渡し、「This is so expensive money in Japan.」と言ったそうです。

私が今までに一番多く訪れたのはフランスで40回くらい、次がイタリアと台湾が約20回です。遊びに行くとホテル周辺しか歩き回りませんし、友人とカフェに行ったり食事に行くくらいなので、渋谷にいるのとほとんど変わりません。ここに載せた写真も、毎日渋谷で撮っている写真と何も変わらないというのがわかると思います。

「憧れのハワイ航路」の頃は、一生に一度外国に行く、みたいな感覚だったでしょうから今とは違うと思うのですが、せっかく行くのだからヨーロッパの旅8ヶ国、9泊(車中泊含む)みたいな感じに詰め込むことになります。初めて外国に行く人には、できるだけひとつの街にじっくりと滞在することを薦めています。たくさんの場所を欲張って駆け足で回ってしまうと、どの場所も印象が薄いということになりかねませんから。

さて、これは無料記事ですが「写真の部屋」「Anizine」を定期購読すると、文章の途中で「ここからは有料です」という嫌な感じを味わうことがなくなりますのでオススメです。



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多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。