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アートとジャンク:Anizine

自分の貧しい交友関係の中からの統計なのですが、面白い人というのはだいたい「食の教養」がある気がします。インプットできるものには文字情報、視覚情報、音声情報などがありますが、その中には当然食べ物も含まれるはずで、「あなたが何を食べるかが、あなただ」という言葉もあります。

食には段階があり、カロリーを補えばいいという存在があります。これは悪い言い方をすると動物の食事です。次に地域が作る食文化があります。海のない県では野菜などが多く食卓に出てきて、魚は貴重品の扱いだったでしょう。現在は流通が発達して届く時間が短縮されているので内陸部の旅館などでもわざとらしい舟盛りなどが出ますが、あれはちょっと違和感がありますね。

「どうせ食べるなら工夫したいじゃん」と言い始めた人類がいます。中国でもイタリアでもフランスでも日本でも同じです。ただ生きるためにカロリーを摂取するだけではなく、技と自己顕示欲を隠し味として盛り込みたくなってきたのです。これが食文化の始まりと言えるのですが、そもそもツバメの巣なんて食べなくてもいいわけです。彼らは面白いからやっている。

炊いた米の上に刺身を乗せて握ってみるか、と江戸のお調子者が言って寿司が生まれ、丸かじりではなくトマトを煮込んで麺の上にぶちまけてパスタが生まれたり、肥大させた鳥の肝臓を食べ始めました。最近、動物愛護の観点からフォアグラはアメリカを筆頭に忌避されていますが、アメリカ人が絶滅させた動物だっています。鯨だってヨーロッパの人々が原因で絶滅の危機に至っています。

それはさておき、私は食文化とは知性であり創造性だと思っています。錯覚かもしれませんが、美味しいモノを食べると、マズいモノを食べたときよりいい気分になるんですよね。「料理とは唯一の食べられるアートである」とロバート・ツルッパゲも言っていましたが、まさにその通り。極限まで修行したアーティスティックな技術者が料理した食材が自分のカロリーになるのです。美術館で名画を観るより効果は大きいに決まっています。

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Anizine

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写真家・アートディレクター、ワタナベアニのzine。

多分、俺の方がお金は持っていると思うんだけど、どうしてもと言うならありがたくいただきます。