OSO18は本当に凶悪犯?人間中心主義から「動物の視点」へ(アニマルSDGsとはなにか③)
OSO18は「殺されても仕方ない」?
2023年夏、北海道川上郡・厚岸郡に出没していた「OSO18」というオスのヒグマが殺されたことを、みなさんもよく覚えているのではないでしょうか。今回は、この話題から始めてみたいと思います。
OSO18は乳牛などの家畜を襲い、約3000万円の損害を与えた「凶悪犯」とされました。「OSO18」という囚人番号のような名前も、人々の記憶に残りやすかったのだと思います。
私たちのクマに対するイメージは大きく二分されています。ひとつは、「クマはカワイイ、カワイイ、見てみたい……」という無邪気なイメージです。もし実際にそういう人たちがクマを見に生息環境に来て、捨てたりした食べ物をクマが食べてしまい、その味が忘れられずに人里に現れてしまうと、最終的には「殺さざるを得ない」という判断につながってしまいます。
そのため、地元でクマを守っている人たちは、「クマ出没注意!」という極端に恐ろしげな看板を設置し、「クマは危険な害獣である」というもう一方のイメージを強調しようとするのです。
ただ、この「クマは危険!」というイメージが逆に日本のメディア上で増幅されすぎていて、「犯罪者」という感覚にまで高まってしまっています。メディアは今も昔も、人々の注目を集めるために「恐怖や敵意を煽る」という手法を多用しがちです。
北米や知床の「クマ看板」は少し違うニュアンスを帯びている
では、他の国ではどうしているかというと、たとえば北米のクマの看板はこのようなものになっています。
極端にかわいらしいイメージでも、極端に危険なイメージでもなく、「クマはクマとして付き合おう」というメッセージになっています。
現在のカナダとアメリカ合衆国では”Bear Smart” =「クマがクマらしく、カッコよく」というプロジェクトがおこなわれています。どういう取り組みかというと、たとえば街中のゴミ箱を鋼鉄の塊のようなものにして、簡単に熊がこじ開けられないようにしていたりするのです。
そうするとクマたちは「人里に行って食べ残しをあさるよりも、森の中で山菜や昆虫、どんぐりなどを採集して食べているほうがいいや」と感じ、森に戻っていく、というわけです。クマにクマらしくいてもらうことで、できるかぎり殺処分しないようにしているのです。
日本でも似た取り組みをおこなっている地域があります。北海道・知床半島です。ここでは、以下のような看板が設置されています。
こちらも「ほどほど」のイメージのデザインになっています。ちなみに知床半島は世界遺産にも指定されているため、北米での取り組みのような国際基準に合わせなければいけない、という事情もあるのでしょう。
クマが自然のなかで果たしている役割とは?
最初に挙げた「危険!」な看板と、その下の2つにどんな違いがあるかというと、下の2つは「クマの生態をちゃんと知ろう」という姿勢を、コンパクトな看板のデザインのなかで表現していることでしょう。
北海道に住むわたしの仲間の一人が、野生動物である熊が森の生態系で果たす役割を説明するとき、親しみを込めて「ヒグマのプーさん」と言い換えたことがありました。その仲間が言いたかったのは、要するにクマは森の守護者だということ。はて、どういうことでしょうか。
クマは、食べたドングリを数十キロ四方の活動範囲で糞といっしょにばら撒き、そこから木が育ちます。クマが〝植えてくれた〟木は根を張り、山を豊かにし、すべての生きものの生命の源=水源をつくる役割を果たしています。つまりクマは、山に木を植える役割を自然から与えられている存在だと言ってもいいのです。
一方、人間たちは水をタダで手に入れて、それを売ったり使ったりしてお金儲けをしていたりします。仮に人間が水源づくりと管理をしたら、いったいどのくらいの費用がかかるのでしょう?
人間中心主義でしかものがみれないと、自分がどのような生態系の関係性の中で、生きている/生かされているかがわからなくなってしまいます。本当なら私たちは、無償で森の守護者を担当してくれているクマたちに、まず感謝をしなければいけないかもしれません。
私たちは動物をどう扱ってきたか?
また、もうひとつみなさんに考えてみてほしいのは、「3000万円の被害を与えた人間は死刑になるだろうか?」という問いです。
現在、日本では毎年数千頭~直近2023年では1万頭近くのクマが殺されています(環境省Webサイトより)。その理由は、「人間が襲われるかもしれないから」。人間を傷つけたり、まして殺してもいないのに、予防のために1万頭ものクマを殺しているのです(日本のクマと人と森との関係性に興味がある方は、日本熊森協会のWebサイトをご覧ください)。
前回も紹介しましたが、地球上の動物のうち、人間に関係する動物(人間、家畜、ペットなど)が96%で、野生動物は4%しかいません(参考:Humans just 0.01% of all life but have destroyed 83% of wild mammals – study | Wildlife | The Guardianより)。
そして地球上の動物の60%を占める、豚や鶏などの身近な家畜たちも過酷な状況に置かれています。
たとえば鶏の飼育環境は、世界のなかでも日本は非常に劣悪です。先進国の多くではケージ飼いがニワトリたちの福祉を尊重していないと批判され、ケージ飼い率が50%を切ってさらに下がっている一方、日本のケージ飼い率はいまだに99%となっています(参考:Percentage of Cage-Free Chickens in Japan Is 1.11% While Other 98.89% Are Cage Raised: 2023 Survey Results - アニマルライツセンター)。そのような不健康な状態で飼育されていながら、鳥インフルエンザなどの病気が起こると、あっという間に何万羽もの鶏たちが殺処分されてしまいます。
豚たちも同様で、2018年からの豚コレラ(最近では「人間のコレラと似た病気」という誤解を避けるため、「豚熱」と呼ばれることが多くなっています)の流行により、これまでに約35万7000頭が殺処分されました(参考:豚熱発生から5年を迎えて|農畜産業振興機構)。
これらもすべて「仕方ないこと」で済ませてしまってよいものでしょうか。
アニマルウェルフェア、アニマルライツ、そして「オオカミの再導入」
こうした問題は、目を背けさえしなければ必ず見えてくるものです。近年の欧米では、「動物の福祉(アニマルウェルフェア)」や「動物の権利(アニマルライツ)」という言葉が注目されるようになってきました。
アニマルウェルフェアは1960年代からイギリスで始まった考え方で、「家畜やペット、実験動物に心を添えて、生きている間はストレスをできるだけ少なく、行動欲求を叶え、健康的な暮らしをさせよう」というものです。
アニマルライツは、1975年にオーストラリアの哲学者ピーター・シンガーが『動物の解放』という本を書いたことをきっかけに広まった考え方です。シンガーは「人間だけでなく動物も、苦しみから解放される権利がある」とし、肉や卵、牛乳の消費をやめて菜食主義者(ベジタリアン)、またはヴィーガン(ベジタリアンは魚、卵・乳製品などを食べる一方、ヴィーガンはそれらをすべて絶つ)に移行すべきだと主張しました。
近年の欧米ではこうした考え方の広がりを背景に、家畜ではない野生動物との共生に関しても先ほどのBear Smartをはじめ、興味深い動きが起こっています。もうひとつの代表的な取り組みが、欧米での「オオカミの再導入」です。
かつて欧米ではオオカミが「家畜を襲う害獣」であるとして乱獲され、絶滅してしまいました。ところが、オオカミがいなくなったことで今度はシカなどの草食動物が増えすぎてしまって植物の多くが食べ尽くされ、ビーバーなど他の動物が減少して生物多様性も失われ、さらには保水力を失った山地の土壌流出などが起こったのです。
このような生態系の悪化を危惧した人たちにより、1995年から96年にかけて31頭のオオカミがイエローストーン国立公園に再導入されました。オオカミが再び草食動物を捕食するようになったことにより、生態系の回復が促されたのです(参考:日本オオカミ協会「オオカミに対する偏見を正し、誤解を解くために!オオカミ復活についての疑問に答える最新Q&A」)。
2020年、400万人が住むドイツの首都ベルリンの郊外で、オオカミが目撃されたことがニュースになりました(参考:Berlin: Junger Wolf in der Hauptstadt geortet - DER SPIEGEL)。ドイツでは20世紀初頭にオオカミは絶滅しましたが、100年以上経った最近、東欧の森を経由してこの地に戻ってきたようなのです。
ドイツでは市民の80%がオオカミの「復帰」を歓迎していて、ドイツ政府もオオカミに家畜が襲われ損害が出た場合は補助金を出すなど、人間とオオカミとの共生を重視する姿勢を打ち出しています(参考:100年ぶりのオオカミの復活で何が起こったか | 持続可能な林業のために)。
Bear Smartもオオカミの再導入も、1960年代以降の欧米の人たちがそれまでの人間中心主義を反省し、アニマルウェルフェア/アニマルライツなどの新しい思想を考えていったこととパラレルな現象だと考えられます。
一方、日本では明治時代に西欧を真似てニホンオオカミ、エゾオオカミを絶滅させてしまいました。現代の欧米の森でオオカミが復活しつつある一方、わが国の意識はまだ「欧米に追いつけ、追い越せ」の明治時代のままかもしれません。
アジアの感覚への再注目を。そして今こそ、東から西へ
ただし、こうした欧米発の思想を日本の人々が無批判に受け入れるべきかというと、そうともかぎりません。アニマルウェルフェア/アニマルライツの考え方は、いずれも「動物のために、より良い環境を作り、苦痛がない死を与えなければいけない」「人間がしっかりと動物たちを管理しなくちゃいけない」という〝上から目線〟になってしまっている点には、注意が必要です。
また、アニマルウェルフェア/アニマルライツは人間の責任を強く問うため、シンガーのようにベジタリアニズムやヴィーガニズムという「別の極端」へと行ってしまいます。「今すぐ肉食をやめて人類全員が菜食主義になりましょう」と言っても、多くの人にとって現実的には難しいでしょう。また医学研究では、ベジタリアンやヴィーガンは健康面でのリスクがあることが指摘されています。
ここで思い出してほしいのが、第1回で紹介したアイヌの死生観です。わたしが出会ったエカシは、「おれたちは動物だから、動物を食べるのはしょうがない」と言いました。
アイヌの人たちは、動物や植物、火や水などの「自然」と言われるものはもちろんのこと、家や道具なども含めて、わたしたちのまわりの環境すべてを「カムイ」と認識しています。
カムイ=神だとよく言われますが、神というとキリスト教やイスラム教の「一神教」の神をイメージしてしまう人も多いでしょう。カムイはそうではなく、アイヌよりちょっとだけ偉い存在だそうです。
ここで注目したいのは、「アイヌとカムイの関係性」です。だから、カムイが理不尽なことをしたら、アイヌは本気で怒り、カムイに訴えることもあるというのです。アイヌとは「人間らしい人間」という意味で、アイヌにとっての最高の生き方は、カムイに褒められること。ここはもっとも重要なポイントです。
ヒグマは「キムンカムイ(山の神)」、シマフクロウは「コタンコロカムイ(村を守る神)」、タンチョウは「サルルンカムイ(湿原の神)」、オオカミは「ホロケウカムイ(狩をする神)」などなど、アイヌの神話の中でも重要な役割を担います。アイヌの人々はそういう共生の世界観の中で生活しているため、自然(カムイ)を破壊する、動物(カムイ)を絶滅させるという発想そのものがないのです。
近代化以前の和人たちも、似た感覚を持っていました。オオカミを「大口真神(オオグチマガミ)」つまり大神(オオカミ)と呼び、獣ヘンに良いとかいて「狼(良いけもの)」という文字を当てました。「八百万(やおよろず)の神」という言葉の背景には、アイヌ同様に”ちょっと下から目線”での、共生の世界観があったわけです。
SDGsも、アニマルウェルフェアも、アニマルライツも、すべて欧米由来の考え方です。もちろん世界の人たちが広く参考にすべき部分もありますが、どうしてもこれまでの人間中心主義を引きずってしまっています。
その先の考え方(=Beyond SDGs)をつくっていくうえで、アジア的/東洋的な考え方、アイヌとカムイの関係性、共生の世界観にはたくさんのヒントがあると思うのです。ひとたび人間の外側の世界がどんな仕組みで成り立っているかを知って、感じることができれば、今までとは違う未来をデザインする「いい案」を得られる予感がしませんか?
人間には、未来を創りかえる力が与えられています。他者に興味をもち、自分と他者との関係性を考えて未来をデザインし、ルールづくりをし、選択したプランのもとで行動していくと、わたしたちの生きる世界は、やがて今とはまったく違うかたちでその姿を現すはずです。
さて、今回は「動物の視点」の重要性について考えてみました。次回は、わたしがデザイン会社を起業する前に働いていた自動車メーカー、ホンダの研究所(honda R&D)での経験を手がかりに、「いい案の生み出し方」、そして「クルマの未来」について考えてみたいと思います。
(第4回「電気自動車って本当に「正解」なの?クルマをめぐる問題から」につづく)
【全国の書店、Amazonで好評発売中!(電子版同時発売)】
今こそ、発想を転換しよう!
アニマルSDGsは人間SDGsへの逆提案
人間中心の発想はもう限界。地球上の哺乳類は重量比で人間34%、家畜62%、野生動物4%という研究報告がある。人間と家畜をあわせると94%!
一方で、世界は気候変動、紛争や戦争など悪化の一途をたどり明るい未来は描きにくい。ほとんどの人間は「人類が技術革新と経済成長の結果、自らを滅ぼしている現実」を嘆くばかりで改善の糸口は見えない状況……。
もう、人間(おとな)だけにまかせちゃいられない!と、動物たちが子どもからすべての人間たちへ語りかける。
【推薦コメント】
前京都大学総長、総合地球環境学研究所 所長、人類学者・霊長類学者
山極壽一氏
(本記事のアイキャッチ画像:Roksana HelscherによるPixabayからの画像)