風鈴
ようやく梅雨が明けました。
九州にて大雨で被害に遭われた方々はさぞ大変だったとお察しします。
また亡くなられた方々とそのご遺族様にはお悔やみを申し上げます。
みなさまこんにちは~新型コロナウイルスがまた猛威を奮っています。
そのような中でマスクをしなければならない。
十分にみなさま水分補給をして下さい!!
熱中症に本当に気をつけなければならない暑い日が続いています。
3回目のコラムから、かなり間が空いてしまいました・・・。
本日4回目になります~♪
今回のお題は夏の盛りですので涼しげに『風鈴』にしてみました♪
NHKのチコちゃんの番組では風鈴の音を聞くと涼しく感じるのは日本人だけの勘違い現象だとか!!
風鈴の音 → 風が吹いた → 涼しい と感じる。
外国の方々には効果なし!?
へぇ~~~と、思ったのは私だけではないのでは???
ということで、今回は少し風鈴のことについて触れてみようと思います。
さて、風鈴の起源は諸説あるようですが…インドや中国etc日本ではないようです。
元々は竹林に吊り下げて物事の吉兆を占う道具だったらしく、
それは中国の唐の時代(日本では飛鳥~平安時代)に『占風鐸(せんふうたく)』というものだったそうです。
青銅でつくられた鐘(かね)のようなものが元々だったとかとか。
それが仏教とともに日本へ伝わったとされています。
仏教と同時だった為に当初は日本では寺院の屋根に吊るされたりしたようです。
また、平安時代や鎌倉時代には有力な貴族や武士のお屋敷の魔除けの為に軒先に吊るされたそうです。
ふ~~~ん、全然想像つかないですね。
ちなみに『風鈴』という呼び名はこれも諸説あるようですが、
仏教の浄土宗の開祖である法然上人が使ったからとの事。
なかなかの歴史の古さに正直ビックリです。
そして、なんだか全く庶民に馴染み感がありませんね(笑)
さてさて、ではいつから『風鈴』は庶民のものになったのか?
今の形になったのか?
江戸時代まで遡らないとなりません。
では~~~行きましょう!!
江戸時代初期頃です、島原の乱等でキリシタンの弾圧後に当時の徳川幕府は鎖国の真っただ中。
しかし、唯一海外と貿易が出来た場所、みなさんお馴染みの長崎の出島です。
なんだかんだ言いながら幕府は出島で西洋文化を取り入れています。
その中で日本に入ってきたのが『ガラス』でした。
当時は非常に高価なもので、まだまだ貴重品のガラス。
このガラスを使って作られたのが今の『風鈴』の原型だと言われています。
さて、これが江戸時代の末頃です。
ガラスの価格が下がっていきます、そうするとビイドロ製の吹きガラスで作られたものが。
江戸で大流行!!
ここでやっと庶民の手の届くところに!!(長いっ)
そして、今現在の『風鈴』があるようです。
いやはや、前回の畳に続いて風鈴も庶民の手の届くまでには長い時間。
元々は占いの道具から始まり、魔除け、そして夏の名物に。
う~~~ん、こうやって文化になるわけですね。
そして今回も気づいたら歴史の勉強になっている!!
それでは次回はいつになるかはわかりませんが、(おいっ)
ぼちぼちやっていきます!!
ではでは。
ようやく梅雨が明けました。
九州にて大雨で被害に遭われた方々はさぞ大変だったとお察しします。
また亡くなられた方々とそのご遺族様にはお悔やみを申し上げます。
みなさまこんにちは~新型コロナウイルスがまた猛威を奮っています。
そのような中でマスクをしなければならない。
十分にみなさま水分補給をして下さい!!
熱中症に本当に気をつけなければならない暑い日が続いています。
3回目のコラムから、かなり間が空いてしまいました・・・。
本日4回目になります~♪
今回のお題は夏の盛りですので涼しげに『風鈴』にしてみました♪
NHKのチコちゃんの番組では風鈴の音を聞くと涼しく感じるのは日本人だけの勘違い現象だとか!!
風鈴の音 → 風が吹いた → 涼しい と感じる。
外国の方々には効果なし!?
へぇ~~~と、思ったのは私だけではないのでは???
ということで、今回は少し風鈴のことについて触れてみようと思います。
さて、風鈴の起源は諸説あるようですが…インドや中国etc日本ではないようです。
元々は竹林に吊り下げて物事の吉兆を占う道具だったらしく、
それは中国の唐の時代(日本では飛鳥~平安時代)に『占風鐸(せんふうたく)』というものだったそうです。
青銅でつくられた鐘(かね)のようなものが元々だったとかとか。
それが仏教とともに日本へ伝わったとされています。
仏教と同時だった為に当初は日本では寺院の屋根に吊るされたりしたようです。
また、平安時代や鎌倉時代には有力な貴族や武士のお屋敷の魔除けの為に軒先に吊るされたそうです。
ふ~~~ん、全然想像つかないですね。
ちなみに『風鈴』という呼び名はこれも諸説あるようですが、
仏教の浄土宗の開祖である法然上人が使ったからとの事。
なかなかの歴史の古さに正直ビックリです。
そして、なんだか全く庶民に馴染み感がありませんね(笑)
さてさて、ではいつから『風鈴』は庶民のものになったのか?
今の形になったのか?
江戸時代まで遡らないとなりません。
では~~~行きましょう!!
江戸時代初期頃です、島原の乱等でキリシタンの弾圧後に当時の徳川幕府は鎖国の真っただ中。
しかし、唯一海外と貿易が出来た場所、みなさんお馴染みの長崎の出島です。
なんだかんだ言いながら幕府は出島で西洋文化を取り入れています。
その中で日本に入ってきたのが『ガラス』でした。
当時は非常に高価なもので、まだまだ貴重品のガラス。
このガラスを使って作られたのが今の『風鈴』の原型だと言われています。
さて、これが江戸時代の末頃です。
ガラスの価格が下がっていきます、そうするとビイドロ製の吹きガラスで作られたものが。
江戸で大流行!!
ここでやっと庶民の手の届くところに!!(長いっ)
そして、今現在の『風鈴』があるようです。
いやはや、前回の畳に続いて風鈴も庶民の手の届くまでには長い時間。
元々は占いの道具から始まり、魔除け、そして夏の名物に。
う~~~ん、こうやって文化になるわけですね。
そして今回も気づいたら歴史の勉強になっている!!
それでは次回はいつになるかはわかりませんが、(おいっ)
ぼちぼちやっていきます!!
ではでは。
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