“とてつもない失敗の世界史”を読んだ
どこかで見かけたのか忘れたが、最近の若者は失敗を恐れる傾向にあるのだそうだ。まあそりゃそうだよな、失敗って怖いもんな、と人生で無数に失敗してきた私は思う。ついこの間も本屋でこの前文庫本を買おうとして失敗した。確実に面白い本を選ぼうとしてどの本がいいか三十分迷い、結局迷った挙句に何も買わず、というのは本屋さんに失礼なので前から気になっていたコメディ漫画を二巻買った。
家に帰ってきてわくわくしながら読んでみたら、絵も雑だしさっぱり面白くなかった。失敗した。
とまあこのようにささやかな失敗から、顔が青ざめ額には脂汗が浮かび、胃がキリキリして心臓がバクバク音を立て、挙句の果てには吐き気を催して気絶してしまいたくなる失敗まで、人類には無数の失敗があふれている。今回私が読んだこの本は、世界史上に存在する『失敗』について取り上げた本である。作者はトム・フィリップスという人で、著者紹介によるとケンブリッジ大学で学んだ後、ジャーナリスト兼ユーモア作家になり、今はニュース記事の事実関係の真偽を確認する慈善団体で編集者をやっているそうである。
この本はまず、かの有名な「ルーシー」のやってしまった失敗から始まる。アウストラロピテクスである彼女は高い木に登り、バランスを崩すという失敗をしたわけであるが、その失敗のおかげで我々は今、アウストラロピテクスについて貴重な資料を得ることができた。次に我々ホモサピエンスが我々のいとこであるネアンデルタール人をはじめとした人類の親戚一同を滅ぼすという話に続く。そこから人類はどんどん失敗を積み重ねていき、農作業を始め、独裁者を生み、植民地を作り、挙句の果てには地球丸ごとを汚染するに至るまでをこの本は取り上げている。
正直言って、読んでいて楽しかった。こういう歴史の話を書いた本は大好きだが、これは休日の午後、暇をつぶすのにはうってつけの本であると思われる。作者のユーモラスな文体で悲惨な話も笑わずにはいられなかったし、今まで知らなかったことの存在について気づかせてくれた。例えばトルクメニスタンの独裁者が自分の黄金の像をそこいらじゅうに立て、メロンについての記念日を制定したのも知らなかったし、ホラズム・シャー朝の最後の支配者がかの有名なチンギス・ハーンとの外交で失敗してその結果国が滅んだことについても知らなかったし、ニューヨークの空を飛び交うムクドリが、ひとりのシェイクスピア愛好家によってアメリカにもたらされたことも知らなかった。私はまだまだ勉強不足だ。
しかしこの本は、読者に笑いをもたらし、知らないことを教えてくれるだけの本ではない。この本は最後に、我々が将来犯すか、またはすでに犯してしまったであろう『失敗』について取り上げている。それはどんな形でやってくるかはわからないが、我々は果たしてその失敗を生き延びることができるのだろうかと私は読んでいて不安になった。最後は著者の皮肉に満ちた、それでも希望を感じる言葉で締められているが。
まあとにかく、この本は暇をつぶすのにはうってつけの本である。そんなに難しくないし、会話で使えそうな雑学も手に入るし、何より読んでいて愉快だった。しかし、大学でレポートを書くのに参考にする、みたいなことはやめておいた方が良いと思う。ヒトラーが政治家として極めて無能だったにもかかわらずドイツがああなってしまったのは周囲の政敵たちが彼を甘く見すぎていたという『失敗』をしていたからだ、という記述にはおそらく様々な意見があるだろうし、それについて歴史学者がもっと詳しい本や論文を書いていると思う。同じようにスコットランドの幻となった植民地、ダリエンについては様々な立場の人(特に、スコットランド人)がおそらく激論を交わし、書籍もあると思うからだ。レポートの参考資料にするならば、そちらを探した方が良いと思う。
この記事をだらだら書いている間も人は失敗し続けている。私のパートナーはレビューも見ずに大手メーカー製のキーボードを購入したところ、入力した際の反応速度がやたらと遅くて使い物にならないことを嘆いているし、私は私でスーパーに行くのにポイントカードを忘れてしまった。
人類が皆、失敗しなくなる日は来るのだろうか。
とてつもない失敗の世界史 トム・フィリップス 著 禰冝田 亜希 訳 河出書房新社
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