名探偵おもちほか
こまごま日記シリーズ。
名探偵おもち
ボスと会議に行った日。休憩時間に席を外したボスが戻ってきたときのことだった。
「(先輩)さんいたよ」
それはこの世で最もどうでもいい報告だった。
その日の会議は弊社の入っているビルの別のフロアで行われていたので先輩もビル内にいるのは当たり前なのだけど、多分ボスが言いたかったのは「なんか知らんけどこのフロアにいたぞあいつ」の意だと思う。
そもそもなぜボスがわざわざ先輩の所在地をおもちに報告したかも謎なのだけど、敬愛するボスを無視するという選択肢のないおもちと不意打ちで敵の名を聞いた戦闘民族のおもちがせめぎ合い、結果、
「えっ、なんで???」
というあまりにも素すぎる反応をしてしまった。
ボスはなんかおかしそうに笑ってから「さあ? 戻ってくるときに見かけたんだよね」と返した。
「あぁ、あれじゃないですか? 私たちのこと心配してくれたんじゃないですか?」
「wwwwwwwww」
まあそんな冗談はさておき。(あの暴君が人を心配するわけないので)
「こんなとこ用事あるのかなぁ」と呟いて時計を見上げる。
時刻は15時過ぎを示していた。そこでおもちはポンと手を打ち、
「15時か!」
先輩は決まった時間にコーヒーを飲む習性があってその時間が15時。
そして会議があったフロアには自販機があって、先輩は散歩がてら必ずこのフロアにやってくるのだ。
不思議そうなボスにそれを説明するとめちゃくちゃウケていた。おもちの方はなんか無駄な事件を一つ解決してしまい悲しい気持ちになっていた。
後から考えたら名探偵というよりは生物学者みたいだなと思った。世界一いらない博士号。
僕たちはあの頃確かに浜虎に生かされていた
家人(旦那と呼ぶのにどうしても違和感がありこう呼ぶことにした)は吉村家のカップ麺が好きだ。
先日、家で飲んだらつまみがすぐに終わってしまったので家人が秘蔵のそれを出してくれた。それを啜りながら、ふと思った。
おもちは横浜で学生時代アホみたいに働いていたのに吉村家にはあまりいっていなかった。
じゃあどこに行っていたかというと浜虎だった。他にも色々行ったけど、なんやかんや帰ってくるのはそこだった。
不摂生に酒ばかり飲んだおもちたちをさらに不健康にしながらも確かに生かしていたのが浜虎だった気がする。
ただそれだけなんだけど、妙に懐かしくて、妙に切なくなった。
とりあえずいまだに通い続けているドッペルが死ななければいいな、と思った。
塩漬け先輩の末路
しばらく先輩に対して(おもちにしては)塩対応をしていた。
理由は特になくて、強いて言えば気温差が激しくておもちの体調が限界だったので構ってる余裕がなかった。
塩対応といっても我ながら優しいもんで、話しかけられたら返事はしたしリアクションもした。確かにローテンションではあったけど。
でも、自分から話に加わったり話しかけたりしなかった。給湯室で会っても何も言わずにすたすたとお湯を注ぎ、サクサクと自席へ戻った。
先輩も何も言わないから別に気にしてないだろうとタカを括っていた。だがおもちの見積もりは甘々だった。
時刻は23時過ぎ。ダラダラと酒を飲んでいた。事件は突然。
「今日飲んでないの?」
見慣れたLINEアイコンと共に届いたメッセージに顔を顰めた。
先輩は仕事中のスケジュールを知られると死ぬ呪いがかかっているかのように社用カレンダーには頑なに休み以外の予定を入れないのにプライベートの予定はペラペラ話す習性があるので知っていたけど、その日、あの人は飲みに行っていたはずである。しかもなんにも会社と関係ない人たちと。
おもちはさらに顔を顰め、なんなら舌打ちまでしてから、
「家で飲んでます」
とだけ返す。
返事は爆速だった。「家かぁ」ここで気付く。
「呼ぼうとしてる???」
おもちの問いに対しての返答はイエスだった。馬鹿か。
「今からだと髪乾かして化粧して何時になるかわからんからやーだよ」という旨を返信してスマホを置く。心配そうな家人に「大丈夫大丈夫」と苦笑してから十数分。
後輩のLINEアイコンから通話の通知が飛んできた。
確かに私とその後輩は仲良しだけど、さすがに深夜に電話するほどの仲ではないし、そもそもそんな非常識な子に育てた覚えはない。
なんか、非常に、めちゃくちゃ嫌な予感がする。
仕方なく、酒を置き、応答してみる。
「もしもし?」
『来いよ』
「しつけえんだけど!?」
聞き覚えのありすぎる声に反射的に返してしまった。
先輩が何か抗議する声が聞こえてくるが全てを無視して「ねぇぇええ遅くなるからやだってば」と頭を抱える。そんで大体状況も把握する。いっちゃったんだね、後輩。奪われたんだね、後輩。
『化粧とかどうでもいーんだけど』
「あたしがよくない」
と一蹴するも全く響かないのが先輩である。こいつ無敵すぎない?
『優しくして』
と、その一言でようやく原因が自分だと気付く。塩漬けか、塩漬けにしたから可愛い私の後輩を質にとりやがったな。
溜息をつく。頭を抱える。「髪乾かしたいから30分」優しくしよう、これからは。じゃないと酷い結果で返されるんだ。
家人に死ぬほど謝り、爆速で最低ラインの化粧をし、後輩を奪還しにいったもののクソ寒おそとで20分待たされたおもちは決意虚しくめちゃくちゃ先輩に説教した。
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