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還る場所

 おもちは学生時代、事務員モドキみたいなバイトを大学4年間続けていた。
 お金が足りず、体力を持て余し、自己肯定が枯渇していたので都合のいい体力の切り売り会場としてバイト先を利用していたものの、その経験は大いに今のおもちの人格成形に影響し、図々しい末っ子というポジションをまんまと手に入れるに至った。

 最近だとこの辺の話。

 さらにいうと事務員モドキだったので、OLとしての最低限のスキルを手に入れるにも都合が良かった。
 パソコン作業からコピー機の使い方、事務用品の扱い方まで、社不が最低ラインのOLになれる程度のスキルを与えてくれた。
 だからおもちは基本的にはバイト先に感謝してるし結果的にやってよかったな、と思っている側。でもなんやかんや卒業して5年くらい経って、普段は話題にも出さないし、だんだんと今の会社で学んだことも増えてきて、どちらかと言うとマインド面のメリットが増えてきた。ここまでが今日の前提。


 さてその日、おもちはボスと関係会社主催の会議に出た。

 余談だけど、おもちはボスと会議に行くことが多い。業務内容的にほとんどの業務をボスの管理下でしているからなんだけど、二人で話をしながら会議に出ている。
 その日の会議もいつも通りで、なんとなく話を聞いていたものの、ふとおもちは混乱した。
 内容はざっくりいうとこれから予定しているイベントの当日の人員手配の話。弊社からも何人か人を手配しろという趣旨で、それぞれの業務内容とシフト時間が長々としたマニュアルと共に提示され、訳のわからん配置の中途半端なシフト表があったりなかったりする依頼におもちは頭の中ではてなを浮かべた。
 これ結局何時から何人必要で兼務できんの??? 頭の中では整理はギリギリできるけど、この後持ち帰ってボスと打ち合わせるには視覚情報が足りなすぎる。
 いつも通り、ボスと軽く話をしながら戻ってきたおもちは考える。それから不意にバイト先のことを思い出した。
 バイト先、忙しい時期になると突然バイトたちの動きを指示する「配置表」という名のタイムスケジュールが毎日作成されていた。こんなイメージ。(別ページに飛びます)
 この配置表、おもちがいた頃は一部のバイトたちが伝統芸能のようにExcelを引き継ぎながら日々作成にあたっていて、おもちも作成メンバーの一人だった。
 5年間、思い出しもしなかったのに、不意に浮かんだのは懐かしいそれだった。

 というわけでおもち、約5年ぶりに記憶を頼りに配置表を作った。

 今更こんなとこでバイトの経験活きるんだな…と思いつつ一番驚いたのは何の迷いもなく大体記憶通りのものができたこと。(今の会社用に多少変えたけど)もう驚いたというか若干自分に引いた。あとから当時の業務連絡見返したらほぼ一緒でさらに引いた。なんなら5年間、ほとんど口にしてなかった配置表という名称がすらっと口から出たおもちにも引いた
 教えられたことってなかなか忘れないんだな、と思った。もはやここまでくると学びというよりは呪いに近い。

 ちなみにこの配置表、ボスには大いに褒められた。(そもそもボスは定期的におもちを褒めてくれる)
 が、5年前におもちが学生であることには疑義が生じた様子。ボス……?

 ともあれ、社会人生活を久々にバイト先の経験が救ったのだけど、それに付随してなんだか色々思い出してしまった。
 同時に蘇る苦い記憶と眩しい思い出。とか言って、実は近々バイト先の大人たちと会う約束してるんだけど。
 今の会社のおもちは、結婚したあと、よくある苗字なこともあってほとんど下の名前で呼ばれている。それをいいことに末っ子ポジにスライドしたんだけど。
 バイト先でのおもちは、ほとんどあだ名みたいな感覚で旧姓で呼ばれていた。あとフルネーム。
 なんならおもちもわかりやすく一人称をたまに旧姓にしていた。そこにいるおもちはなんとなく別のものだったから。
 たまにバイト先の人に会うとほぼあだ名なのでいまだに旧姓で呼ばれることも多い。
 それはなんだかあの時に戻ったみたいで、おもちもまたバイト先のおもちに戻れるのだ。
 多分少しずつ自分は変わっているけど、自分の根源を作っている場所に還る余地があるのは少しだけありがたい。

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