アンチ寅さんからの希望「超駄作を観てみたい」
依頼者からコンシェルジュへの希望
依頼者プロフィール
夏りょうこさん まちライブラリーEndMarkオーナー・映画ソムリエ 50代女性 寅さん鑑賞経験あり(第1,11作)
映画の資料に特化したまちライブラリー空堀シネマライブラリーEndMark | ライブラリーに行こう! | まちライブラリー (machi-library.org)を運営しています。映画は様々なジャンルを鑑賞しますが、特にヨーロッパ映画やアジア映画が好きです。そして、『男はつらいよ』や山田洋次監督作品が、実は苦手です。邦画をあまり観ないことや、浪花節特有の湿度が高く、義理人情を描いた作品が好みではありません。映画館で放映していた当時は、若かったので、もっと刺激のあるものを観たかったというのもあります。でも最近、第1作『男はつらいよ』と第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』を鑑賞しました。マドンナ・リリー(浅丘ルリ子)は、外国の女優さんみたいにさらっとしていて意外でした。寅さん(渥美清)のべらんめえ口調の上手さや、妹のさくら(倍賞千恵子)の劇中での役割の大きさが印象に残っています。元々はアンチ寅さん派でしたが、他の作品も観てみたいと思いました。観るなら、いつもの流れとは少し違う作品、例えば、寅さんとマドンナの最悪の出会いとかを観てみたいです。なんなら超駄作を観てみたいです。
怖いもの見たさ
夏りょうこさんは、映画に関する書籍の出版、映画コンシェルジュや映画資料のライブラリーをされていて映画鑑賞の専門家と言っても過言ではありません。様々なジャンルの映画を鑑賞されていますが、『男はつらいよ』や山田洋次監督作品が苦手ということでした。色濃い昭和文化と暑苦しいほどの義理人情の世界観が苦手という方は、一定程度いらっしゃるでしょうから、納得です。しかし『男はつらいよ』にはそれだけでなく、暑苦しさのなかの風の抜け目に見える穏やかさや、令和時代にも通ずる女性の社会進出についての価値観の提示などなど、他の要素もあります。ただ、上記のイメージが強いのは否定できません。そんな夏さんですが、数か月前に2作品をご覧になったとのことでした。意外にさらっとしていたシーンもあったと言ってくださりました。他の作品で、王道の流れとは違うもの、マドンナとの最悪の出会いなどをご希望ですので、以下をご紹介します。ちなみに、「超駄作を観てみたい」という最高に面白いご希望もありましたが、超駄作として紹介するのは、寅さんファンとして忍びないので、今回は見送ります。もちろんシリーズのなかで個人的にあまり好みではない作品はありますが・・・。
王道からズレる
※以下、作品の内容を記述します。
① 第4作 「新 男はつらいよ」
公開:1970年
マドンナ:栗原小巻
ロケ地:山梨県道志村
あらすじ: 競馬で大穴を当て、大金を持って帰郷した寅さん。調子に乗り、おいちゃん(森川信)とおばちゃん(三﨑千恵子)をハワイ旅行に連れて行くことに。しかし旅立ちの日にトラブルが発生し、家には泥棒が入ってくる大騒動・・・。そんな中、近所の幼稚園の美人先生、春子(栗原小巻)に恋をした寅次郎は、幼稚園に通い詰め子どもたちと一緒にお遊戯をする始末です。春子の気持ちやいかに・・・。
この作品の王道からズレるポイントは、寅次郎が作品の中盤で旅に出ないという脚本です。基本的に『男はつらいよ』シリーズでは、冒頭と中盤とクライマックスに寅次郎が旅に出ていますが、旅の状況が一番しっかり描かれる中盤の旅がありません。また、妹のさくら(倍賞千恵子)の出番が極端に少ないです。このようなズレは、今作の監督が山田洋次氏ではなく、小林俊一氏ということも一因でしょう。シリーズ48作中監督が異なるのは、今作と第3作『男はつらいよ フーテンの寅』で森崎東監督の2作のみです。山田洋次監督作品とはテンポの異なる寅さんを楽しみたい方は、ぜひご覧ください。
② 第12作 「男はつらいよ 私の寅さん」
公開:1973年
マドンナ:岸恵子
ロケ地:熊本県阿蘇
あらすじ:柴又で小学校の同級生の柳文彦(前田武彦)と再会した寅次郎は、柳の家に遊びに行くことに。寅次郎は、部屋にあった描きかけの絵を汚してしまいます。その絵を描いたのは柳の妹で画家のりつ子(岸恵子)でした。そこへ間の悪いことにりつ子が帰宅し、気の強いりつ子は、寅次郎に激怒します。寅次郎も負けずに応戦。出会いは最悪の二人ですが、その後は不思議と仲が良くなっていき・・・。
この作品の王道からズレるポイントは、マドンナとの最悪の出会いです。いつもなら出会って数秒で寅次郎が一目惚れというパターンが多いですが、今回は初対面で大喧嘩。マイナスからのスタートで、2人の関係はどのように進展するのでしょうか。夏さんの具体的なご希望に添えたと言える作品です。りつ子が寅さんを呼ぶとき、誤って「熊さん」と呼ぶのも他にはありません。
③ 第15作 「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」
公開:1975年
マドンナ:浅丘ルリ子
ロケ地:北海道函館
あらすじ: 北海道で家出中のサラリーマン(船越英二)と旅をしていた寅次郎は、リリー(浅丘ルリ子)と再会。3人で仲良く旅をすることに。しかし、男女の恋愛観のちがいで寅次郎とリリーが大喧嘩。そこでリリーは去っていきます。しかし、柴又にリリーが訪ねてきて仲直り。寅次郎の弱さを受け入れて叱ってくれる芯の強いリリーに対し、さくら(倍賞千恵子)は寅次郎と結婚してほしいと言ってしまいます・・・。
今作は、王道とズレているという観点ではなく、夏さんがリリーの初回、第11作『男はつらいよ 寅次郎忘れな草』を楽しんでいただけたという理由から、リリーが登場する2作品目をご紹介します。第11作に続き、寅次郎とリリーの名コンビが「喧嘩するほど仲が良い」様子を存分に見せてくれます。シリーズで最も有名なシーン、メロン騒動にも注目です。
夏りょうこさんより感想をいただきました
「新 男はつらいよ」
山田洋次が監督していない寅さん作品があることを知らなかったので(その程度の寅さん知識)、むしろその違いに大きな期待を寄せて鑑賞に臨みました。ところが、失礼ながらそこまでの差がわからなかった私。確かにさくらの出番が少ない、泥棒騒動シーンのテンポがダルいといった違和感はありましたが、でもこれはこれで悪くなかった。「嘘をついて引っこみがつかなくなる」という誰にでも経験があるであろう絶体絶命を、落語のようなシチュエーション・コメディに仕立ててあると思いました。でもやっぱりさくらが登場しない寅さんは、パクチーのないタイ料理みたいでアクセントが足りませんね。寅さんの失恋ぶりにもホロ苦さがあまり感じられず、パンチに乏しいと言えばそうかな。昭和風情の中でマドンナ栗原小巻だけがピッカピカにハイカラで、「ミニスカートの幼稚園の先生」というぶっ飛び方も含めて楽しめました。
「男はつらいよ 私の寅さん」
「ケンカから始まるラブストーリー」という今では王道すぎて陳腐な設定が、寅さんでは珍しかったのかと思うと、これは挑戦的な作品なのでしょうか。しかし寅さん、私が見た限りでは結構いつもケンカっぱやいです(たまに修羅場)。そのせいか「おいおい、あの寅さんが初対面の美人とケンカしてるよ!」という驚きはさほどなく、むしろ寅さんの無神経で大人げない一面が浮き彫りにされて、ちょっともったいないという気がしました。岸惠子はエレガントで粋な雰囲気のある女優さんなので、役柄にはピッタリ!「熊さん」と呼んでしまうのも、実はフランス流エスプリではないかとさえ思ったくらいです。見るからにうまくいかなそうな2人がどんな風にしてうまくいかなくなるのか、それを鑑賞する楽しみがありました(イジワルですね)。
「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」
人気マドンナとしてトップに立つリリーさん。なので、寅さん初心者の私が言うまでもなく「似た者同士ゆえの通じ合いとすれ違い」がたまりません。寅さんが彼女を「あいつ」と呼ぶのがいいな。観客は「相性がピッタリなんだから結婚すればいいのに」と応援したい一方、「相性がピッタリすぎて結婚したらうまくいかない」ことも知っている。あまり賢くない寅さんでも、それに気付いている。だから逃げる(リリーさんのマネージャーになればいいのに)。寅さんといるリリーさんが安心しきって子供のように無邪気なのが切なく、サバサバしているからこそ強がりと諦念と哀しみが伝わってくる。そういうところが私好みです。有名なメロンのシーンは、日本人にしかわからない独特の気まずさとおかしみが秀逸で必見。リリーさんとの3作目も絶対に見なきゃと心に誓いました。
全体を通しての感想
やっぱりリリーさん、サイコー!寅さんが原因でみんなが凍りついたり、寅さんの勝手な妄想語りが延々続いたりするシーンには、毎回笑いました。寅さんのべらんめえ口調は今や無形文化財でしょう。旅愁に誘われ、当時の風景や風俗も楽しめるし、日本人の心のふるさとにタイムスリップできるようなシリーズなのだと再認識しました。寅さんのキャラクターや周囲との関係性を味わい、兄が何かしでかすたびにうつむく妹の気持ちに共感してしみじみできるのは、ある程度の人生経験を積んでからの方がじんわり響くのだと実感。その一方で、若い世代に寅さんがアバンギャルドに映ることの意味について、深く考えさせられました。
コンシェルジュを終えて
今回は、映画がお好きで、仕事にもされていて、かつアンチ寅さんという夏りょうこさんのコンシェルジュで、難易度が高かったかもしれません。ただ、夏さんが『男はつらいよ』のどの部分がなぜ苦手であるか、という点をありのままに伝えてくださったので、それを踏まえた上でしっかりとおすすめ作品を考えることができました。なので、アンチ寅さんということに対して、嫌な気持ちはありませんでした。既に第1、11作を鑑賞しておられて、このコンシェルジュを終えた夏さんの『男はつらいよ』への評価がどこに落ち着くのか、楽しみにしたいと思います。またアンチに戻っていただいても大丈夫です。その際は、どこが苦手だったか、教えてくださいね。寅さんシネマコンシェルジュの活動を応援して場を設けてくださった夏さんには、とても感謝しています。
夏りょうこさん、ありがとうございました。
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