育児とクルマ とーちゃんに勝ち目はあるのか 完結編
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はじめから、そのクルマの存在には、気が付いていた。黒や白や銀が大勢を占める中、一台だけ黄色い車があったからだ。
何を隠そう、こいつもアクアだ。だが、さっき乗ったアクアと明らかにぱっと見の印象が違う。不覚にも、このクルマかっこいいじゃん、と思ってしまったのだ。
いやまて、トヨタのアクアだぞ?それがこんなにかっこいいってことはあるのか?
低いケツ構え、銀ではなく限りなく群青色に近いダークグレーのアルミホイール、何よりボディのこの発色。黄色いといっても蛍光ペンのように軽薄な色ではなく、少しだけ赤みがかった黄色、つまり「山吹色」をしている。
インテリアもさっきのぺにゃぺにゃの営業車ではなく、ダッシュボードに革がポイントで使われていたり、エアコンの吐出口が放射状の造形になっていたり、シートがセミバケットになっていたり。それどころか、クルーズコントロールまでついている。なんだこれは、さっきのアクアとは全然違うじゃないか。
年式は2015年。さっき乗ったやつよりも2年古く、走行距離は6.8万キロ。日本じゃ走ってるな、という印象かもしれないが、ニュージーランドでは極上品に入るほど。
リモコンキーを持った状態で、運転席か助手席のドアハンドルに手を入れると、解錠する。その際に、閉じていたドアミラーも開く。ミラーにはターンインディケーター(ウインカー)もついている。
さっきのアクアはキーレスなかった気がしたが、実はこのアクアは3グレードあるうちの最上級であるGグレードなのだそうだ。さっき乗ったのが最下級のLグレード。最下級から最上級へ。
そうは言っても、アクアはアクアでしょ。コンパクトカーなんでしょ。
早速試乗
走り出すと、エンジンの感覚はあまり変わらない。
だいたい同車種の上級グレードといえば、走りのためにエンジンが大きくなっていたりして、燃費が落ちるものだ。しかし、アクアは、エンジン自体はどのグレードも同じで、コンピューターでエンジンのキャラクターを変えるだけにしている。「エコモード」というボタンを入れて走れば、どちらのグレードも基本的には同じ性能を発揮する。
「エコモード」を切れば、エンジンがより高回転寄りになってパワーが出る。それでも、トルクの乗り方はスムースで、突然とんがった加速をするようなことはない。
エンジンより違いが顕著だったのが、足回りの安定性。さっきのLグレードみたいに、ふにゃふにゃぺらぺらした感じがない。硬い、という表現もできるかもしれないが、路面から突き上げるような硬さは感じない。
上級グレードのアルミホイールというと、見た目重視でインチアップしているかと思いきや、標準の15インチ。その分、タイヤのサイドウォールがちゃんと効いている。サスペンションも、バンプに当たって縮むときはスッと入り、次の伸び側が早く効いてストロークが短くなり、結果として衝撃の減衰が早い、ように感じる(わたしゃテストドライバーじゃないので)。車両の重量とサスペンションのセッティングがバッチリ決まっている感じ。
装備の違いはいいとして、どうしてこんなに感覚が違うんだろう、と訝しく思いながらしばらく運転していて、ラウンドアバウト(ロータリー)に入ったところでやっとわかった。
驚愕のニュートラルステア
そのラウンドアバウトは、クルコンを使いながら走っていた高速道路を降りたところにあって、少しスピードが乗った状態で進入した。
ちなみに、ラウンドアバウトでは、右だけを見ていればいい。自分の右に車がいたら止まる。それだけ。飛行機の進路優先権と同じ。
右からくる車はいない。ちょっと速いがこのまま進入しよう。一度ハンドルを左に切って「円」の底から中に入り、すぐに右にハンドルを切る。2車線あるラウンドアバウトの、内側の車線の円弧上を右回りにトレースしていく。
普段乗っている日産ノートで、こんな風にスピードが乗った状態でハンドルを左から右に切り返したら、ハンドルを返した瞬間に外側のタイヤに車の全重量が乗って、車体と、乗っている自分の体が左に大きく傾きながら月が地球の周りを「公転」するように「ギュイーン」と曲がるだろう。
これからやってくるであろう余分な横Gを後悔し、隣の妻に「おっとごめん」と言いかけて、やめた。横Gがかからなかったからだ。まるで、アクアがラウンドアバウトの中で「自転」したように感じた。自分が乗っている位置を中心に、舳先がそのままくるっと右を向く。円の中心なので、横に押し付けられる感覚がなかったのだ。
もちろん、車が右に曲がっているのだから、客観的には左に遠心力が掛かるのは自明だけれど、普段乗っている車の主観がそう錯覚させた。ハンドルの頂点が向いている方向に、車の先っぽがくるくると回転しているような感覚だった。
なんだこれは、とてつもなく気持ちのいいニュートラルステアだぞ。
そして、ほとんどロールしない。車両の重心が異常に低いのだろう。車高の低さもあるが、後部座席直下、つまり後輪の上に置かれた巨大な重量物である駆動用バッテリーの効果が大きいのではないか。つまり、重量物が後ろにあることで、FFなのにFR、あるいはミッドシップのような重量バランスになっているのかもしれない。
え、こんなにハンドリング気持ちいいの?
車の乗り心地とは
重量バランスはグレードでそこまで違いはないのかもしれないが、これに足回りのセッティングがバッチリ決まると、こんなにいい感じになるのか。
実は妻も違いがあることは感じていたようで、「さっきのアクアより明らかに乗り心地が良い」と言う。それでも居住スペースの大きさはフィットの圧勝なので、妻はフィットに傾いていたが、私は完全にこのアクアに惚れ込んでしまった。
実のところ、居住スペースもそうだが、パワー的にもフィットの方が余力があったかもしれない。でも、前回書いた通り、ハイブリッドシステムとの兼ね合いや、トルクの立ち上がりのとんがり方などが気になる私は、パワーの大きさよりも、車全体のキャラクターが「運転していて気持ちいいか否か」でクルマを評価しているようだ。エコモードを切れば、それなりに加速するし、必要十分だ。
トヨタのハイブリッドシステム。左がエンジン、右がインバータ。バッテリーの直流を交流で制御してモーター出力に変える、ハイブリッドシステムの心臓。
購入!
と言うわけで、黄色いアクアを買いました。(早!)
前席を目一杯下げた時の後席。フィットのように足は組めませんが、、
回転式のISO FIX対応のチャイルドシートが乗りました。今まで小さいやつに押し込められてギャン泣きしていた息子も、これは気に入った様子。ISO FIX対応車も実は、重要ファクターの1つでした。子供ができると優先順位がどんどん変わりますが、まさか「走り」が気に入ってアクアになるとは思いもよりませんでした。
また、駐車場で見つけやすいという利点があります。何と言ってもド派手です。
黄色い車のある生活。どうでしょう。