壁を壊す。
「自分の視界の壁」を、壊し続けたい。
同じ場所に、同じコミュニティの中に、同じ文化圏の中にずっといるとどうしても、「その中だけの当たり前」が世界の全てだと思ってしまうことがある。
それが心地よいときもあれば、そのせいで長く苦しめられてしまうこともある。
自分の視界には実は壁があったことに気づいて、今まで知らなかったその先の景色を目にすることで、急に自分の中の何か重かったものが嘘のようにふっと軽くなることがある。
今までと同じものを見ても、今まで気づかなかったその中のきらめきや、逆に隠された残酷な真実に気づけるようになることもある。
みんなそういう生き方をすべきだとは思わないし、私がただ壁の先に興味がある人なのだと思う。そういう人の、1人なんだと思う
今までの自分になかった「視点」や「感覚」を与えてくれるものに、そんな「視点」や「感覚」がそこでの「当たり前」とされている場所に向かうということに、ワクワクする。
色んな新しい景色を視界に入れて、そのエッセンスを取り込んだり、
取り込まないでただ「そういうものもあるのか」と受け入れながら、
自分の中にしっかりとした軸を持っている人でありたい。
杉原千畝さんという偉大な方について知ったときに出会った言葉、
「葦のように、しなやかに」
風に吹かれてしなやかに曲がることができるけれど、ピンと真っ直ぐ折れない芯を持っている、そんな人でありたい。
そう言いながらも、そんなありたい姿とは裏腹な行動をしてしまったり、日々の些細なきっかけで軸がすごいパンチをくらうこともある。目まぐるしさで水やりを忘れて萎んでしまうようなこともある。
でも人間だから、上手くありたい姿になれない時があってもいい。大事なのは、そうあろうとする気持ちをいつも持ち続けることだ、と自分に言い聞かせる。