エフゲニー•キーシン ピアノリサイタル【内なるフォルテとキュビズム】

久々の演奏会レポです。
行きたい公演はたくさんあったのですが行くことができず、日々モヤモヤした気持ちで過ごしておりました。
季節の変わり目や異常気象の関係なのか体調を崩される方が多くて、仕事はずっとバタバタ。おまけに高齢の愛犬にもガタがきてしまい、お世話にすごく手がかる。私も疲れがとれないまま翌日を迎える生活に体力の限界…そんな中かさむ愛犬の高額な治療費。動物病院って何故あんなに高いのでしょうか…チケット2〜3枚分のお金は毎月余裕で飛んでいます。もちろん愛犬のためには惜しみませんが。
いやぁ、高給取りと言われる看護師でも、愛犬の治療費には驚いた。あと何年生きてくれるか分かりませんが
「ママ、破産するよ」
な〜んて話しかけたりしています。
そのたびにとぼけた顔で私を見つめるのですが、そんな姿も愛おしい。
もうね、演奏会に行けると言うそれだけで泣けてきちゃいます。毎日頑張った甲斐があった。
しかも、ずっと来日を待ち侘びていたピアニスト、エフゲニー・キーシンのリサイタルだなんて！

彼の音を初めて聴いたのは、ショパンの即興曲第3番。私が世界で一番好きな曲なのですが、意外と録音している方って多くない。そんな貴重な録音者の1人がキーシンだったのです。
聴いた瞬間、歌うような美しいピアノの音に感嘆した覚えがあります。音の形よりも色彩感が強め、そんな第一印象でした。

しかし、その印象も12/2の18:59まで。
時計が開演の19時を迎えた瞬間、良い意味で見事に全て崩れ去ったのです。
会場は大好きなサントリーホール。
まず一音目が鳴った瞬間から、予想外に内向的でマットな音に面食らい、1曲目のベートーヴェン ピアノソナタ27番が全く頭に入ってこなかった。私が録音を聴いて想像していた音は、プレトニョフやポゴレリッチのように、小さく粒立つキラキラの音を会場の空気中に漂わせる演奏。
「何故こんなにも録音と実音が違うのだろう…」
そこでふと気付いたのは、私が聴いた録音って十何年も前の、それもほぼショパンの即興曲第3番だけ。私が彼の音をアップデートしてない上に他の曲を聴いてこなかったので、変な思い込みや先入観で彼の音が作られていたのだと思います。

そんな1曲目のベートーヴェン、浮かんだ色は赤と薄紫でしたが音に対する衝撃が大きすぎて絵どころの話しではなかった。そして、もう一つ衝撃だったのがフォルテの音の美しさ。
全身を使って結構な勢いで打鍵していたのですが、全然うるさくない。フォルテって、キーシンのような内側に向かう音だとこんなにも真っ直ぐ耳に届くんだと新たな発見でした。
また、このベートーヴェンは2楽章最後の「ファドシレミ」の音が美しすぎた。今でもはっきり思い出せるほど、脳裏に焼きついて離れない美音です。

次の曲はショパンで、ノクターン第14番 Op.48-2と幻想曲 Op.49。ここでまたまた新たな発見だったのは、色彩を感じると思っていたキーシンの音がほぼ単色だったことと、思いの外あまり歌うように旋律をなぞらないこと。基本的に色よりも形の方がしっかりしていて、これまた録音の印象と全然違う。その後のブラームスでも見えたものは変わらなかったです。
そして、最後のプロコフィエフ ピアノソナタ第2番 Op.14でまたまたまた衝撃が。メロディーになっているようななっていないような混沌とした和音が荒々しく続く曲なのですが、キーシンのフォルテにかかるとまるでキュビズム絵画のよう。幾何学模様が次々と溢れる出るその様は、ジョルジュ・ブラックの絵を彷彿させます。
時々パウル・クレー的な絵も浮かんだのですが、その際にやはり彼もプレトニョフと同様、ロシアピアニズムを引き継ぐ者であることを実感しました。(ショパンの幻想曲でも時々プレトニョフに近いものを感じた)

後半、集中力が途切れて退屈そうなマダムもいましたが…私は最後のプロコフィエフですっかりキーシンの虜になって帰ってきたのです。

帰宅後、ここ数年で録音された曲を聴いてみましたが(流し聴きですが)、やはり録音だと彼の音の凄さが半減していると感じました。
何だろう…録音だと妙なキラキラ感と言うか、音に変な艶を感じてしまうのと、ダイナミックさが伝わりきらない。
私は残りの公演に行くことはできませんが、キーシンの音は絶対実音を聴いた方が良いです！

今回もまた、描きたい絵が一つ増えました。
来年も来日してくれないかなぁ。