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発達障害の方が「忖度(そんたく)」と上手く付き合うためには

【この記事は、約8分で読めます】

「おい!どうして先週の飲み会、嘘でも『部長、さすがですね!僕(私)には到底及びません』くらい言えなかったんだ!おかげでうちのメンツもつぶされたじゃねえか!!」

週明けの月曜、嫌々重い体を起こして会社へ出勤。
それでもモチベーションを高めようと開口一番直属の上司へ爽やかに「おはようございます!!!」と唱えた瞬間、こんな小言を…。

上司も本音では言いたくないんでしょうが、自らの体裁を保つために言わざるを得ない状況。
なんなんだ、会社って。
飲み会で部長の昔の武勇伝なんて聞いたところで、正直自分には関係ない。
けどこんな上司に気に入られるために、なんで自分の気持ちに嘘ついてまで媚びへつらわなけりゃいけないんだ!

こうしたエピソード、誰しも経験してきたのではないでしょうか?
たとえこの記事を読んでいるあなたが、発達障害であろうかなかろうとも理不尽な経験って簡単に許すものではないですよね。
しかし「その場しのぎの嘘」を言わなきゃ会社では働けない。
この得体の知れない配慮って、何なんでしょうか?

このような状態を、日本語には的を射た便利な言葉があります。
そうです、「忖度(そんたく)」です。
そして、どうして日本に忖度という概念が生まれてくるのか、あなたは考えた経験がありますでしょうか?

この記事では、日本という国の文化がもたらした忖度ができる背景を言語化し、人間関係で起こる諸問題の本質を解説します。
さらに忖度への理解に困難を伴う発達障害の方が、うまく取り扱う考え方を身に着け、コミュニケーションを改善する方法を伝えます。

時には読者に痛い核心を突いて逃げたくなる場面もあるかもしれませんが、最後まで我慢してお読みいただければ幸いです。


1.日本という国が忖度を重んじる理由

①相手を信じきってしまっている

日本人は総じて自分の感情が相手に伝わっていると信じ切っている傾向にあります。
なぜなら日本人は、言葉を発していようがいまいが自分という存在感を示し、コミュニケーションが成立していると錯覚しているからです。

たとえば知らない人に対して、次のような期待を抱いてしまうのは「相手を信じきっている」現れです。


うっかり落とし物をしたら、誰かが声をかけてくれるだろう。
横断歩道の渡り口に止まっていたら、道を譲ってくれるだろう。
災害が起きたら、自衛隊やボランティアが支援に来てくれるだろう。


こうした「Aという行動を起こしたら、Bという反応が返ってくる」という図式が日本人の間では暗黙の了解となっています。
そしてこれらは学校や親・友達から教えられたものではなく、人付き合いの中で自ら無意識に身に着けた能力です。

また、相手を信じきっている例として次のようなことわざが日本語には存在します。

「以心伝心」
「あうんの呼吸」
「魚心あれば水心」
「言わぬが花」
「沈黙は金」

このようなことわざに則ってコミュニケーションを交わすのが、日本人では美徳とさえされています。
逆にそれができない人はいわゆる「出る杭は打たれる」扱いをされ、周囲から疎まれる傾向にあります。

はじめから相手を信じきってしまっている。
自分は何も発する必要はない。
こうした言動が、忖度という文化を生んでしまっているのです。


②「同質性」を前提としたコミュニケーションを求めたがる

それではどうして「出る杭は打たれる」ようなケースが、日本の社会では出てくるのでしょうか?

理由は、日本人は異なるタイプの人間を排除し、同質性を前提とした付き合いを求めたがるからです。
日本は海外と違い、異なった言語を話す人同士で陸地との国境がありませんでした。
そうした背景から、ムラ社会の中で周囲の秩序を保ってきたのです。

例えば、会社で新しい事業に参入しようと役員会で意見がありました。
社長は事前にこの意見を会長に電話しようとしましたが、あいにくの留守。
会長は既に一線を退いたものの、会社を立ち上げた創業者。
若い社員にも自ら「頑張ってるか?」と声をかける気さくな方ですが、誰も頭が上がらない存在です。

予定通り役員会では、新しい事業の話が上がりました。
しかし、これをおせっかいの常務が会議後に社長に先がけ会長へ報告。
事前に社長からの根回しがなかったため、会長は社長に「そんな報告聞いてねえじゃねえか!」とご立腹。
そこで次の役員会まで、新しい事業について決裁を採るのを止めました。

代わりに次の役員会を開催する間、社長を含む役員全員が会長のご機嫌取りに差し入れを送ったり接待に誘ったりと奔走。
普段の本業とは関係ない、余計な仕事を生ませてしまいました。

この例から、この会社は会長に同意を取ってからでないと新しい事業が始まらない「忖度」がお分かりになったと思います。

先ほど、会長は気さくな方と紹介しました。
ただ、たとえ「俺はフランクにみんなと付き合いたい。目についたとこがあったら俺に直接相談してこい」と公言したとしても、そんな言葉は真に受けないものです。
なぜなら、事前に根回しをして合意がなければ先ほどのように会長が激高する「かもしれない」リスクを、定型は無意識で想像しているからです。

提案した意見は、全会一致が前提。
こうした「同質性」を前提としたコミュニケーションが忖度を生み、付和雷同のムラ社会を作ってしまっているのです。


③エラい人からの「お墨付き」が欲しい

会社であれ、学校であれ、友達関係であれ、日本人はエラい人からの「お墨付き」を求めたがります。

なぜなら権威がある方からの合意によって、自分自身の意見が正当化されると考えているからです。
さらに「上からのバックアップ」という保証が彼らの身を守り、安心感を与えます。

例えば学校なら、文化祭を行うのにイベント進行で学生同士が意見の対立があった時になだめて正しい方向に導くのは先生です。
大学なら、文化祭実行委員会の委員長といったところでしょうか。
また会社であれば、ある事業にどれだけ年間の予算を立てるかで部署でもめた時、社長のお墨付きがあればそれが正となり方針が固まります。

こうした事例から言えるのは、「正しさ」は時と場合によって変わるということです。
むしろ、相談する人は問題が起こっている周囲よりも、先生や委員長・社長といった自分より高い次元の存在からの「お墨付き」に執着したがります。
もし反対意見を言われても「先生がこうしろと言ってたから」「社長が決めたから」でまかり通るのです。

もっと言えば、お偉いさん独自の善悪に沿って正義や大義をふりかざすのが正直者とされてしまう一方、社会全体への合理性をことごとく破壊してしまいます。
例えていうなら、ビートたけしが言う「赤信号 みんな渡れば 怖くない」でしょうか。

お墨付きによって、自分の立場が守られ自己主張が通る。
そうした行動が、忖度を生ませてしまうのです。


2. 発達障害の方に対する、忖度の身に着け方

①「空気を読む」を❞前提を理解する❞に置き換える

ところが、発達障害の方に忖度を求めるのは困難を伴います。
なぜなら忖度には「相手をおもんばかり、伝えるレベルを変える」気配りが生まれるからです。

相手をおもんばかると言っても、言い方やタイミングによっては相手の機嫌を損ねる場合もあります。
しかもそれを自分の判断でまずは直属のリーダーから根回しし、一人ひとりに気を配らなければいけない。
そのような器用な対応を発達障害の方一人で判断するというのは、「マニュアルがないと動けない」「1から10まで手順通りに進めて初めて、安定して生活できる」障害特性からもはや至難の業でしょう。

しかし厳しい言い方をすれば、空気を読まなければ少なくとも日本社会で生き抜くには避けられないのです。
では、どうしたら発達障害の方がこんなややこしい忖度というものに向き合えるのでしょう?

答えは、「空気を読む」という表現を❞前提を理解する❞に置き換えることです。

なぜなら、前提という言葉が発達障害の方には「予備知識」という意味で理解が進み、手順通りに進めるトリガーとなり得るからです。
ゴールまでの前提条件や目的がハッキリすれば、発達障害の方には日々のルーティンとして行動します。
そう理解できればしめたもの。
彼らにとっての得意分野となり、周囲からの信頼も出来上がります。

先ほどの「③エラい人からの「お墨付き」が欲しい」で挙げた例でいけば、こういった内容に言い換えられるでしょう。

● 会社の空気を読む=会社の前提を理解する
● クラスの空気を読む=クラスの前提を理解する

例えば、新しい事業の立ち上げのために会議が開かれたとします。
しかし、あらゆる会議の「空気」は会社によって違ってきます。

挑戦的な新規事業に失敗し、首が回らない会社ならば「無謀な新規事業は絶対やらない!」という前提がその会議にあります。
そういう空気(前提)がある場で業績回復に別の新規事業を提案するのは筋違いです。
もしそんな相談をしようものなら「コイツ、空気読めてねえじゃん」と、あなたの評判も落としかねません。

そうではなく、「うちの会社では新規事業という言葉を口にしちゃいけない」という事情を前提として理解するのです。
前提として知っていれば、ルールが明文化されていなくても、そのルールを守れるでしょう。

ただし気を付けたいのは、納得できない時に「うちの会社(クラス)はそういうもんだ」という割り切りが出来るかどうかです。
会社は、様々な人間の集合体です(学校のクラスでも同じです)。
人には人それぞれの正しさを持っており、その正しさを否定されるようなら誰しも腹を立ててしまいます。

あなたが魚が嫌いだとして、その事情を居酒屋の店員は知ってるのに、突き出しでマグロのカルパッチョを差し出すわけにはいきません。
しかしここで「この人は魚が嫌いだから、代わりにツナ抜きのコーンマヨネーズを提供しよう」と切り替えられれば、グッジョブ。
あなたも「自分が魚嫌いなのを知ってるから、わざわざ変えてくれたんだ。しかもツナ抜きとは機転が利くなあ」と、ますます店員を気に入るでしょう。

繰り返しになりますが忖度を「前提」と言い換え、前提に割り切りをつける大切さが忖度に打ち勝てるのです。


②自分を味方につけてくれるメンターを一人でも増やす

それでも全ての空気に対して「前提を理解する」と置き換えても、腑に落ちない時がやって来ます。
また、そもそも前提を理解しようにもそれを教えてくれる人がいなければあなたは判断を誤り、最悪の場合肩をたたかれる状況にも追い込まれます。

それを回避するためには、信頼のおける人を一人でも味方につける重要性です。
なぜなら、幅広い知識や経験を持っている人の意見を取り入れて実践することで、あなたの実力が認められるからです。

僕は2社目の会社で、いつも気さくに冗談を交えながら接してくれる先輩がいました。
時には実力のなさから怒られたこともありましたが、本人から「基礎に忠実で、コツコツ真面目に取り組む姿勢が坂巻の魅力だ」と事あるたびに認められてました。

そうした先輩の姿勢が安心感につながり、「この人を味方にして色々教わろう」と決めました。
気づけば昼休みはいつも、くだらない冗談から人生を左右する深刻な話までお互い包み隠さずトークを繰り広げていました。

僕はその先輩とのトークで、仕事のアドバイスから会社の複雑な人間関係まで様々な社会のイロハを教わりました。
ジョーク前提の会話で僕も堅苦しく身構える場面がなかったのが幸いだったのか、先輩の意見はすんなりと受け入れて実践したものです。
おかげで2社目では誰からも咎められたりいじめられもせず、最後は円満退社で締めくくれました。
あの先輩がいなかったら職場で僕の居場所はなかったと、今でも感謝してもしきれません。

何かミスをしたり理不尽なダメ出しで僕が反論しても、先輩が率先して客先や上司に謝ってました。
そのたびに僕を「んなこと言ったら誰からも信用されずお前の居場所がなくなるぞ!それはお前を育てる俺にも残念だ!」と叱ったものです。

そうした先輩の姿勢を見て、僕は「仕事とは、上の立場から率先して後輩に手本を見せ、後輩を引っ張るものだ」という価値観を教わりました。
先輩自らも「俺だったらこうする。俺のみならず、先輩の動きをよく観察してそれをモデルに、技を盗んでいけ」とよく僕にアドバイスしていたものです。

一方、僕はこの人を決して生涯敵に回してはいけないと心に誓いました。
何でも包み隠さず本音で話してくれる分、普段の仕事はこの人が一つでも楽になれるよう先回りして感謝されるよう努めていきました。
そうするたびに本人は「坂巻は根が優しいからなあ」とはぐらかしていました。
しかし言葉の裏では「もっと周りの役に立てていけ、男として坂巻の心を研ぎ澄ませ!」というゲキも含んでいたと思います。

2社目の会社を辞めて僕は7年経ちましたが、未だに当時を思い出すと真っ先に思い浮かぶのがその先輩です。
風の便りによると、その方は現在管理職に昇進したそうです。
きっと先輩の部下らは、ゆとりを持って仕事をしているでしょう。

何でも話を提供してくれる頼れる人をそばに置けば、あなたの身を固めてくれるのです。


おわりに

最後までお読みいただき、ありがとうございました。
以上で日本という国で忖度が生まれる理由と、忖度という言葉を「前提を理解する」に置き換える重要性がお分かりになったかと思います。

以前、長渕剛はある学校でのライブで、こう叫んでいました。
「個性も大事、調和も大事!」

発達障害の方は何とか自分の頑張りを認めてもらおうと、個性に走りがちです。
しかし、自分だけ頑張っても周りの求める力量や期待に応えられないと認めてくれません。
頑張る方向性が間違っていたら、独りよがりで終わってしまいます。

なので、忖度には「調和」という意味も含まれていると考えてみましょう。
そのためには、忖度を前提を理解すると言い換え、割り切る。
そして前提を知っている人を、味方につける。

一足飛びには実現不可能ですが、自分ができそうな範囲から一つずつ取り組めば、知らないうちにあなたの株は上がっているでしょう。

忖度を定型のように扱いこなすのは、発達障害の方にとって大きなハードルです。
改善しようと根詰めたところで、コンディションを落としてうつなどの二次障害を併発するのは、容易に想像できます。
しかし、それも改善ではなく「調和」と言い換えれば根詰める必要も減るのではないでしょうか?

僕もまだまだ発展途上です。
圧倒的多数の定型に対して、特性を強みにしていくための切り替え方を身に着けていきましょう。

この記事を読んで、あなたも相手への気遣いが「忖度」というマイナスイメージから払拭できるきっかけとなりますように。


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